ピアニストの金子三勇士が今年、日本でのデビュー15周年を迎えたのを記念して10月18日に東京オペラシティ コンサートホールでリサイタルを開催する。これに先立ち金子は毎日クラシックナビのインタビューに応じ、公演にかける思いや今後の音楽家としてのあり方などについて語ってくれた。取材・構成は道下京子さんです。
日本デビュー15周年記念リサイタル
——10月に開催されるデビュー15周年記念リサイタルのプログラムは、まさに“ストレート”ですね。
金子 私の音楽的ルーツは、ベートーヴェンとリストです。この節目の年に、自分のキャリアの記録としても残したいとの想いから今回のプログラムを作りました。
私のリスト音楽院の恩師たちが、リスト“直系”の弟子の系統の5代目で、その弟子の私たちは6代目になります。リストの弟子たちは、彼が師事したツェルニー、そしてツェルニーが師事したベートーヴェンに遡ります。そのような意味で、ベートーヴェンとリストは、私たちのアイデンティティの一部をなしていると思っています。
でも、今、ハンガリーの中でもピアニズムのカラーが変化しています。ハンガリーのピアニズムは、リストの弟子たちによって受け継がれた彼の表現を、その源流としています。超絶技巧をイメージされるかもしれませんが、実はその真逆。音楽のより深いところ…解釈や演奏のスタイル、作品と向き合う姿勢、ステージで演奏するアーティストとしての在り方など、多くの教えが伝えられています。このリサイタルでは、ハンガリー・リストの流れを汲む私たちが大事にしている視点や作品解釈を、ステージ上で披露したいですね。
——リストのソナタ ロ短調を初めて弾いたのは、18歳の時だそうですね。
金子 実は、リスト音楽院の恩師から「この曲は18歳になるまでは触るな」と言われていました。私はその約束を守り、18歳の誕生日に準備していた楽譜を初めて開きました。ハンガリーの成人年齢は18歳。大人になってから触れなさい、という意味だったのでしょう。大作ですし、非常に奥が深い作品ですので、軽い気持ちで触れてはいけないと思います。
その後、人の前で弾き切った瞬間、「この作品と一生付き合っていこう」と心に決めました。さまざまな音楽経験を積むにつれて作品の解釈も変わりますし、作品理解の深みも増していきます。このソナタは、演奏家と一緒に成長してくれるような作品でもあり、逆に演奏家を成長させてくれる作品です。
ベートーヴェンのピアノ・ソナタはオーケストラをイメージして書かれている
——ベートーヴェンの「悲愴」「月光」「熱情」については?
金子 「悲愴」と「月光」に関しては、人前であまり弾いていませんでした。でも、日本でデビューした頃、あまりにもリクエストが多く、お客さまのリクエストになるべく寄り添っていきたいと考え、取り上げるようになりました。曲の選び方はとても重要で、私自身の学びにも繋がっています。
——金子さんの人生の中で、ベートーヴェンはどのような存在ですか。
金子 ベートーヴェンは、私の最も尊敬するリストが、最も尊敬していた人物です。まだ、リストに対するほどの想いを、ベートーヴェンには持つことができません。雲の上すぎる存在と表現するべきかもしれません。
リスト音楽院の恩師たちからは、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ32曲を、彼は間違いなくオーケストラをイメージして書いていたと言われてきました。実は、コロナ禍をきっかけに、彼の交響曲のリスト編のピアノ・ソロ版に初めて取り組みました。そのころ、「第九」をピアノでみなさまに届けたいというところから始まり、「運命」や第7番もステージで演奏しました。リストによるそのピアノ編曲を通して、ベートーヴェンのオーケストレーションやオーケストラ作品の作り方を、内側から初めて見ることができました。それが、今回のピアノ・ソナタの演奏に活かされると思っています。
社会のために生きる音楽家でありたい
——アウトリーチの活動にも積極的に取り組んでいますね。
金子 私は“21世紀のフランツ・リスト”を目指しています。彼の社会に向けたさまざまな活動にとても共感できるのです。
ヨーロッパでは、超一流の方々ほど学校や教会などでの公演に取り組んでいます。実際に、ウィーン・フィルの方々もいろんなところで演奏しています。そのような体験はもっと身近にあるべきものだと考えています。コンサートホールへなかなか足を運ぶことのできない方々、そしてもっと多くの方に本物の音楽に触れ、楽しんでいただきたいとの気持ちで学校や施設を訪問しています。
私は、クラシック音楽を単なるエンターテインメントとして捉えていません。深い歴史的な背景があり、人間社会における文化、芸術、教育といったテーマに通じていると思います。
デビューから15年、目指すピアニスト像
金子 この15年間を振り返りますと、当時、場所によっては「名曲プログラムでお願いできませんか」とのご要望や、「初めてピアノを生で聴きました」というおとなのお客さまの声もありました。そのような経験から、なるべくリクエストにお応えすべく駆けつけ、ひとりでも多くの方にピアノの生演奏をお届けしたいと活動してきました。15年前はクラシック音楽に対して初心者だった方々のなかにも、今では中級・上級編のプログラムを求めてくださっている方もいらっしゃると思っています。
私も30代半ばになりました。多くの方に音楽をお届けしたいとの気持ちは変わることはありません。そして、プログラムにストーリー性やコンセプト、作曲家が託したメッセージを強くこめ、何よりも上質な音楽体験を提供していくピアニストを目指していきます。皆さまが心を落ち着け、上質な空間の中で本物の音楽に存分に触れられる時間をお届けしていきたいですね。もしかしたら、それが、今のテクノロジー社会におけるライヴの在り方なのではないかと思っています。目の前にアーティストがいるからこそ得られる空間、時間、そして体感できる音楽…、それを極めていかなければいけないと考えています。
公演データ
日本デビュー15周年記念金子三勇士 ピアノ・リサイタル
10月18日(日)16:00 東京オペラシティ コンサートホール
ピアノ:金子 三勇士
ベートーヴェン
:ピアノ・ソナタ第14番嬰ハ短調Op.27-2「月光」
:ピアノ・ソナタ第8番ハ短調Op.13「悲愴」
:ピアノ・ソナタ第23番ヘ短調Op.57「熱情」
リスト:ピアノ・ソナタ ロ短調
※チケット等の詳細
日本デビュー15周年記念金子三勇士 ピアノ・リサイタル | クラシック音楽事務所ジャパン・アーツクラシック音楽事務所ジャパン・アーツ
みちした・きょうこ
桐朋学園大学音楽学部作曲理論学科卒業、埼玉大学大学院文化科学研究科修士課程修了。共著「ドイツ音楽の一断面――プフィッツナーとジャズの時代」など。「音楽の友」「ショパン」などの 音楽月刊誌や書籍、新聞、Web媒体、演奏会プログラムやCDの曲目解説など、ピアノのジャンルを中心に音楽経験を活かした執筆を行なっている。










