今年のセイジ・オザワ 松本フェスティバル(OMF)の目玉公演のひとつであるオーケストラ・コンサート プログラムAは沖澤のどか(OMF首席客演指揮者)の指揮でメシアンの大曲、トゥランガリーラ交響曲を取り上げる。公演は8月22日(土)、23日(日)に松本市のキッセイ文化ホール(長野県松本文化会館)で開催される。公演にかける沖澤の思い、選曲意図などをオンライン・インタビューで聞いた。
(取材・構成 宮嶋 極)
トゥランガリーラ交響曲を演奏するのならサイトウ・キネン・オケしかないと考えました
—— トゥランガリーラ交響曲の選曲の意図をお聞かせください。
沖澤 メシアンのトゥランガリーラは私が大好きな曲のひとつですが、演奏するにあたっては、並大抵のオーケストラではたどり着けない境地があると思っています。それを可能にするのにはまず最高水準のオーケストラであること。そして、いくら上手いプレイヤーが集まったとしても、リハーサル日程を十分に取れないと意味がないと考えていました。サイトウ・キネン・オーケストラ(SKO)はスーパーオーケストラですが、リハーサルの日数を十分に取るので、トゥランガリーラを演奏するのであれば、SKOしかないだろうと、それで選びました。もちろん小澤征爾先生がお得意とされていた作品ですので、そういった意識もありました。調べてみると、小澤先生はSKOとはトゥランガリーラを演奏されていません。その意味でもSKOと一緒に小澤先生の十八番を演奏する意義は大きいと思います。
小澤征爾は1962年にNHK交響楽団を指揮してトゥランガリーラ交響曲の日本初演を行い成功を収めたことが、この作品の国際的評価を一層高めるきっかけになった。その後もサンフランシスコ交響楽団、パリ管弦楽団、ボストン交響楽団などと演奏ツアーを行い、作品の評価を不動のものとすることに大きく貢献した。
—— 沖澤さんが考えるトゥランガリーラ交響曲の魅力を教えてください。
沖澤 トゥランガリーラに限らず、メシアンの持ってる世界観が唯一無二であるということですね。あの音響もそうなんですが、作曲の根本的な動機とか、意図が他の作曲家と大きく違うように私は感じています。それが具体的に何かは演奏してみてやっと分かるんじゃないかなって期待しています。メシアンの作品に接した時に、これは音楽なのだろうか、と思う時があります。例えばハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンといった古典から始まって、その流れを汲んで作曲してきた作曲家と、もちろんメシアンもフランスの作曲家の影響をたくさん受けているとは思いますが、それ以上に彼自身が持つ世界観がとても独特です。やはり生でメシアンのサウンドを聴かないと味わえない、独特の体感。音楽を聴くっていうよりも、一つの体験になると思っています。
—— OMF創始者の小澤征爾の思いも受け継ぎたいと
沖澤 はい。小澤先生は20世紀、21世紀の作品に積極的に取り組まれてきたので、その流れは私も踏襲したいなと思っています。昨年のブリテンのオペラ「夏の夜の夢」もお客さんにもとても好評を博したので、クラシック音楽といえば、いわゆる誰でも知っている名曲だけではなく、こんな素晴らしい曲もあるよというのを紹介していきたいですね。
摩訶不思議な音がする特殊楽器オンド・マルトノの魅力
——メシアン独特の音響を織りなす大きな要素にオンド・マルトノという特殊楽器があります。
沖澤 オンド・マルトノは20世紀前半にフランスで発明された電子楽器ですが、時代を経ても新しい響きがすると私は感じています。現代の私たちが想像する、シンセサイザーなどのいわゆる電子音楽のサウンドとは違うニュアンスが出ます。なぜなのか、不思議ですよね。まあ、操作がアナログっていうこともあるのかもしれません 。転調音楽ではあるのですが、温かみがあります。私にとっては龍でもいいし、ユニコーンでもいいのですが、想像上の生き物みたいなイメージです。その音の摩訶不思議さとか捉えどころのなさや柔軟さが、その浮遊感と相まって、すごく人の空想を掻き立てると思います。トゥランガリーラのフィナーレの最後の方で、どんどん音が膨張していって、トランペットがハイCとかを出して、そこからオンド・マルトノのサウンドが被さる瞬間があるんですけど、その快感と言ったらないと思いますね
——沖澤さんにとってSKOはどのようなオーケストラですか?
沖澤 SKOのメンバーは毎年、まったく同じではありません。小澤先生が始めた頃とか、齋藤秀雄先生のもとに集まってという時代とは、メンバーもほとんどが入れ替わってますが、それでもやはり小澤先生の教え、小澤先生が教わった齋藤先生の教えが大きな基盤になっているので、そこは揺るがないのですよね。2年前に私はアンドリス・ネルソンスの代役でブラームスの交響曲第1番と第2番を指揮したのですが、1番を振り始めた時に〝あっ!これがSKOの音なんだ〟と教えられたという思いがすごくて。地鳴りするようなティンパニとコントラバス群、そこにはみ出してでもたっぷり歌う。他の日本のオケでは経験したことがないような歌い方をするんですね。きっとこれこそSKOが老舗の秘伝のタレみたいに受け継いできた演奏スタイルなのだろうなと感じました。スーパープレイヤーたちの集まりということに注目されがちですが、私が感じるのは信念です。日本だけではなく、世界中から集まってくるわけですが、毎年夏に松本で世界最高レベルの演奏をするんだという気概をひしひしと感じます。
奇跡的な名演となった2年前のブラームス
——今のお話の中に出てきた2年前のブラームス、私も演奏を聴きましたが、あの年は小澤さんが亡くなり、その穴を埋めることが期待されたネルソンスが体調不良のため直前に来日をキャンセル。外側から見ていてもSKOメンバーと関係者の間にものすごい危機感が漂っていることが伝わってきました。そうした中、沖澤さんが指揮台に立ち、全員が一丸となって奇跡のような名演が繰り広げられました。
沖澤 正直、お話(ネルソンスの代役)をいただいた時はプレッシャーで圧し潰されそうになりました。私がその場に立っていいのだろうかという思いはありましたが、その一方で誤解を恐れずに言えば、誰が指揮しても大丈夫っていう気持ちもありました。ブラームス1番、2番はSKOがよく知っている曲でもあり、素晴らしい演奏ができることは分かっていたので、(自分が)邪魔をするのじゃないかみたいな怖さはありましたよね。
——私は沖澤さんがあそこに立ったからこそ、あのような名演が生まれたのではないか、と感じました。それがたとえ有名なマエストロであっても海外から急きょ招へいされて、あの演奏ができたかどうかは、別の話だと思います。
沖澤 そうですね、ありがたいです。結果的にはそういうふうになったと思います。指揮台に立つ前はいろいろな思いがありましたけれど、オーケストラというものは同じ指揮者で同じ演目を演奏したとしても、その時によって全然違う演奏になるのは、やはりその時の状況とか場の雰囲気、お客さんの期待感とか、いろんな要素が相まっていて演奏が成り立つわけですね。今、SKOとブラームスの1番 2番を演奏したら、ああいう演奏になるかといえば、決してそういうわけじゃない。(危機的な)状況を捉える、音楽祭の運営面も含めて、それがすごく功を奏したというのでしょうか。
モーツァルトのオペラ、20世紀のオペラにも取り組んでみたい
——これからもOMFとSKOには深く関わっていかれると思いますが、今後の目標などがありましたら、お聞かせください。
沖澤 そうですね、小澤先生がずっと大切にされてたシンフォニーとオペラを両輪にした音楽祭というのを守っていきたい、続けていきたい。さらに発展させていきたい。
沖澤 戦争が起こっている世界情勢や、円安などの経済状況などいろいろと困難なことがあり、松本で開催している規模の世界水準のオペラを3年1回続けていくというのはかなり挑戦的なことではあります。ただ、そこを意地でも継続していきたい。その気持ちだけでどうにかなることかは分かりませんが、松本での成功をこの先に繋げていくためにも、私にできるとしたら、シンプルに良い公演を届けることに尽きると思うので、そこを妥協なく徹底的にやっていきたいですね。また「フィガロの結婚」も良かったので、モーツァルトのオペラを続けたいし、小澤先生が得意とされてた 20世紀のオペラも紹介していきたいという思いも強いですね。
——ありがとうございました。
公演データ
セイジ・オザワ 松本フェスティバル2026 オーケストラ コンサート Aプログラム
8月22日(土)15:00、23日(日)15:00 キッセイ文化ホール(長野県松本文化会館)
指揮:沖澤 のどか
ピアノ:務川 慧悟
オンド・マルトノ:原田 節
サイトウ・キネン・オーケストラ
メシアン:トゥランガリーラ交響曲
詳細
OMF公式ホームページ
オーケストラ コンサート Aプログラム | セイジ・オザワ 松本フェスティバル
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みやじま・きわみ
放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。










