暑さも忘れさせるヴィオッティの鮮やかで心地よい指揮
ヴィオッティが指揮する演奏を初めて聴いたのは2016年9月だから、ちょうど10年前になる。東京交響楽団での2回目の演奏会だったが、ただ者でないと感じた。たとえば、リヒャルト・シュトラウス「ばらの騎士」組曲。私は当時のメモにこう書いている。「彩りが鮮やかだが勢いにまかせるところがない。各場面が最後のワルツにいたるまで、繊細で優美な感情表現で埋められていた」。
フェスタ・サマーミューザのオープニングでの感想もこれに近いが、大きく進化および深化している。この日の東響は14型編成(コントラバスは7)だったが、その演奏レベル自体を、一段階上げてしまったようにさえ聴こえた。
1曲目のドビュッシー「牧神の午後への前奏曲」から、なんと繊細で、よい意味で気だるいのだろう。テンポが心地よく揺れるが、それは旋律の流れや和声の進行がしっかり捉えられ、それに即して停滞させては流した結果で、心地よさが論理で裏づけられている。東響もヴィオッティに応えて、弦のトレモロからフルートやハープのソロまで、きわめて緻密に聴かせた。
続いてリムスキー=コルサコフ「スペイン奇想曲」。ヴィオッティは「暑い夏にリフレッシュできる曲」として選んだそうだが、格別の心地よさは、勢いにまかせず各曲の美質を細やかに引き出しているからだろう。第3曲で、コンサートマスターの小川ニキティングレブのソロが冴(さ)えまくったほか、クラリネット、ハープ、ホルンなどのソロもそれぞれ緊迫感をもって競い合い、演奏が色彩豊かに引き締まった。
後半は、同じくリムスキー=コルサコフの「シェエラザード」。前の2曲にも共通していたが、ヴィオッティはまず楽曲の構造を大きく把握し、そのうえで細部に、全体との間の論理的整合性をもたせながら、意味を込めていく。だから隅々まで地に足がつきつつ、有機的に映える。とりわけ内発的に湧き上がるようなリズムと、やはり内側から色とりどりにきらめくような色彩がすばらしい。王と大臣の娘の物語が色鮮やかに浮かぶようだ、といってもいい。コンマス小川とチェロのソロも冴えた。
完売のオープニングに、それも暑い夏のオープニングにふさわしい演奏。一人ひとりが拍手をする際の身振りや音の大きさと、終演後のヴィオッティへの歓声で、この指揮者が聴衆の心にどれだけ深く食い込んでいるか、よく伝わった。
(香原斗志)
公演データ
フェスタ・サマーミューザ KAWASAKI2026
東京交響楽団 オープニングコンサート
7月25日(土)15:00ミューザ川崎シンフォニーホール
指揮:ロレンツォ・ヴィオッティ
管弦楽:東京交響楽団
コンサートマスター:小川ニキティングレブ
プログラム
[オープニング・ファンファーレ] 三澤 慶:「音楽のまちのファンファーレ」~フェスタ・サマーミューザKAWASAKIに寄せて
ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲
リムスキー=コルサコフ:スペイン奇想曲 Op.34
リムスキー=コルサコフ:交響組曲「シェエラザード」Op.35
かはら・とし
音楽評論家、オペラ評論家。オペラなど声楽作品を中心に、クラシック音楽全般について執筆。歌唱の正確な分析に定評がある。著書に「イタリア・オペラを疑え!」「魅惑のオペラ歌手50:歌声のカタログ」(共にアルテスパブリッシング)など。「モーストリークラシック」誌に「知れば知るほどオペラの世界」を連載中。歴史評論家の顔も持ち、新刊に「教養としての日本の城」(平凡社新書)がある。










