—12―「レコード・コンサート」は不滅か

蓄音機やレコードに囲まれた「かふぇ あたらくしあ」の店内
蓄音機やレコードに囲まれた「かふぇ あたらくしあ」の店内

今、東京の神保町に、「かふぇ あたらくしあ」という珈琲店がある。店主はもと静岡FM放送でプロデューサーをやっていた人だが、この店には大量のLPと、電気録音あるいはラッパ吹込時代のSPレコード(78回転レコード)の蒐集があり、それを1926年製の最高級手巻き蓄音機「クレデンザ」や、ポーランドの1912年製の「シレナ」というラッパ型の蓄音機で再生して聴かせるのを売りものとしている。

つい先日も、1925~28年の電気録音による、イゾルデ・メンゲスやロンドン弦楽四重奏団が演奏したシューベルトの室内楽のレコードを聴く会があるというので、聴きに行ってみた。針音も多い古い録音だが、当時のレコードの音質に適合すべく設計された高級蓄音機で聴くと、実にバランスのいい音で再生されるので、予想外にいい音質で聞こえるのである。100年前の人はこういう音でシューベルトを聴いていたのだ——と思うと、何か不思議な感慨に胸が締め付けられるような気持ちになる。

そんなに大きな店ではないから聴く人の数も限られているが、集まった人たちが身じろぎもせずレコードに聴き入っているのを見ると、これこそまさに、良き時代のレコード・コンサートの再来だ、レコード・コンサートは今でも存在していたのだ、という思いに浸らずにはいられない。

「かふぇ あたらくしあ」で継続的に行われるレコード・コンサート
「かふぇ あたらくしあ」で継続的に行われるレコード・コンサート

それと、もうひとつ感慨深いのが、「レコードを裏返し、かけ替える」という作業の忙しさだった。今のCDなら片面70分以上、LPなら片面最大30分という収録時間が、SPレコードではわずか5分以下であることは周知の通りである。この店では、店主みずからが解説し、レコードをかけてくれる(その間を縫って珈琲を淹れたりする)のだが、このSPレコードのコンサートの時には、4~5分ごとに彼がカウンターから飛び出して来て、蓄音機に走り寄り、レコードを裏返したり取り替えたり、ハンドルを回してターンテーブルのねじを巻いたりする、という慌ただしさなのだ。それでも客たちは、自己の感覚の中では音楽を途切れさせることなく、その間、10秒間ほど、じっと待っている。

昔のSP時代には、大方みんなこのようにしてレコードを聴いていたのだった(筆者ももちろん経験がある)。ただこれでは、レコードを長時間、かけっぱなしにして他の仕事をやる——所謂「ながら族」のような習慣は、一般人にはとうてい無理だったであろう。したがって人々は、レコードで音楽を聴く時には、他のことなどせず、蓄音機の傍に座り、精神を集中させ、音楽と一体化する、ということが多かったのだ。

家庭での音楽の聴き方の変化は、メディアの変化にも左右されるのだ、という一つの例かもしれない。

(注1)野村あらえびす著「音楽は愉し」(音楽之友社刊)
(注2)志鳥栄八郎自伝「嵐が奏でる」(クラシック音楽興隆会刊)

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東条 碩夫

とうじょう・ひろお

早稲田大学卒。1963年FM東海(のちのFM東京)に入社、「TDKオリジナル・コンサート」「新日フィル・コンサート」など同社のクラシック番組の制作を手掛ける。1975年度文化庁芸術祭ラジオ音楽部門大賞受賞番組(武満徹作曲「カトレーン」)制作。現在はフリーの評論家として新聞・雑誌等に寄稿している。著書・共著に「朝比奈隆ベートーヴェンの交響曲を語る」(中公新書)、「伝説のクラシック・ライヴ」(TOKYO FM出版)他。ブログ「東条碩夫のコンサート日記」 公開中。

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