クールな音楽のホットな演奏
セルゲイ・ハチャトゥリアンは1985年にアルメニアの首都エレヴァンで生まれ、93年にドイツへ移住。2000年、ヘルシンキで開かれた第8回シベリウス国際ヴァイオリン・コンクールで史上最年少の第1位を得た。当然、シベリウスの「ヴァイオリン協奏曲」は長く弾き込んできた作品であり、冒頭の透き通るような美音から終楽章の切れ味まで、完全に手の内へと入った解釈で魅了した。技術的に高い水準をキープしているにもかかわらず、超絶技巧を誇示する瞬間は一切なく、北欧の重たい曇り空と冷たい空気の中に沈むシベリウスの屈折した思い――ヴァイオリニストの夢を断念しただけでなく、作曲家としての滑り出しも平坦ではなかった――に、どこまでも真摯な眼差しを注ぐ。緩急のメリハリをはっきりとつけ、カデンツァでは仄暗い情熱を一気に爆発させた。
ユライ・ヴァルチュハ(1976年ブラティスラヴァ生まれ)はオーケストラのサイズを14型(第1ヴァイオリン14人)と小ぶりに抑え、クールな音の感触を整えた半面、金管の強奏をはじめ鳴らし方はかなりダイナミックで、ソリストが目指す音楽との間に若干の齟齬を覚えた。それだけに、アンコールのアルメニア聖歌が深く心に沁みた。
後半の「第10番」はヘルベルト・フォン・カラヤンがセッション録音(1966年と81年の2度)した唯一のショスタコーヴィチの交響曲だった。旧ソ連の独裁的指導者スターリンの死(1953年)の後に発表された最初の交響曲である「第10番」は、ショスタコーヴィチ特有の晦渋(かいじゅう)さを随所にみせながら、躁状態で疾走したり、特定の女性への思いをあからさまに織り込んだりで、管弦楽の醍醐味もストレートに味わえる。管楽器や打楽器のソリスティックな魅力も含め、バルトークの「管弦楽のための協奏曲」に匹敵するデモンストレーション効果を、カラヤンは明確に意識していたのではないか?
ヴァルチュハもオーケストラを16型へ拡大、読響の持てる力を極限まで引き出すことに全力を注いだ。弦合奏は厚みがあるが透明度を保ち、クライマックスでは金管楽器の合奏ともども、壮大な音の伽藍を現出させる。クラリネットの金子平、フルートのフリスト・ドブリノヴ、オーボエの荒木奏美、さらに8月17日付で首席ファゴットの契約首席となったばかりの古賀朝也ら、木管首席奏者たちのソロの腕も際立った。コンサートマスター林悠介のソロも巧みだ。金管の精度が時々粗くなるのだけが惜しまれる。
第4楽章後半はショスタコーヴィチが自身の姓のドイツ語表記の頭文字を音で表現した「DSCH音型」を頻出させながら速度を上げ、巨大な爆発へと至る。聴き手の興奮も最高潮に達するが、どこか違和感を残す背後には「暗黒時代明け」直後の作曲者の屈折した思いが作用している。ヴァルチュハの再現は外攻的で、やや楽天に過ぎた気もする。
(池田卓夫)
公演データ
読売日本交響楽団 第695回名曲シリーズ
9月15日(火)19:00サントリーホール 大ホール
指揮:ユライ・ヴァルチュハ
ヴァイオリン:セルゲイ・ハチャトゥリアン
管弦楽:読売日本交響楽団
コンサートマスター:林 悠介
プログラム
シベリウス:ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 Op. 47
ショスタコーヴィチ:交響曲 第10番 ホ短調 Op.93
ソリスト・アンコール
ナレカツィ:アルメニア聖歌「鳥よ、鳥よ」
いけだ・たくお
2018年10月、37年6カ月の新聞社勤務を終え「いけたく本舗」の登録商標でフリーランスの音楽ジャーナリストに。1986年の「音楽の友」誌を皮切りに寄稿、解説執筆&MCなどを手がけ、近年はプロデュース、コンクール審査も行っている。










