これは世界レベルだ! 日本人歌手による「カルメン」の到達点
序曲から熱気があふれ、勢いよく進んだ。米国人の父と日本人の母をもち、4歳まで日本で育ったユージン・ツィガーンは、しかし、大阪交響楽団を猛進させはしない。アゴーギクが豊かで、すなわち音楽の表情や抑揚に応じてテンポやリズムに変化が加わる。しかもドラマ全体が俯瞰され、アゴーギクはドラマの息づかいのようである。セリフが除かれていることも相まって、見通しもいい。
2025年2月に東京でも上演されたイリーナ・ブルックの演出は、時代が20~30年後の近未来に移され、スペイン色も希薄だ。ツィガーンの導く音楽はそれに呼応するように、良い意味でグローバルな色彩で、スペイン色よりは、第3幕の夜を覆う青、第4幕の嫉妬心を煽るようなオレンジといった舞台の色に巧みに呼応し、ドラマを深めた。
こうした演奏と演出は、一つのものに縛られないカルメンの自由度を担保するように思えたが、加藤のぞみの歌唱はそれに見事に応えた。艶やかな深い声は木目が細やかで濁りがない。また、息に乗って自然に響くので、どの音域もムラがなく、強く歌っても少しもゆがまず、そこに言葉が自然に絡む。要するに、均質な声で自在に歌えるので、カルメンという女性像もまた自在に表出する。
「セギディーリャ」の色気、「カルタの歌」に滲む悲痛さ、などと言い切るのがためらわれるほどニュアンスが豊かで、人を食ったような傲慢さや蓮っ葉な表情が時に垣間見え、カルメン像に深みが加わる。一段と深化し、世界のどこに出しても恥ずかしくない、日本人として誇らしいとさえ思えるカルメンだった。
作曲者のビゼーは、そんなカルメン像を浮き立たせつつ、作品全体に毒が充満しすぎないように、原作にない清純な娘ミカエラを創出したが、宮地江奈はビゼーがねらった通りの効果をもたらした。清らかな声だが、支えがしっかりしており、音色が一定に保たれたまま、フォルテまで美しい響きが無理なく維持される。響きは常に純度が高く、ポルタメントは優美であった。
宮地の歌唱は加藤と同様にムラがない。だからこそ、カルメンとミカエラという好対照な女性像が、鮮やかなまでに浮き彫りになった。宮地はとくに第3幕で、清らかな声に意志の強さを漲らせた。そこでもまた、カルメンのまったく別種の意志の強さと対比され、ドラマが幾重にも深掘りされた感があった。
澤原行正のドン・ホセも印象的だった。「花の歌」をこれほどゆったり歌えるテノールはそうはいまい、と思うほど息が長い。ゴムのように柔軟な声で、叙情的な表現に長所があると思えば、それが激情や狂気へと無理なく転換していく。欲をいえば、わずかな音程のブレが改善されるとさらにいいが、宮地の実直さにも、加藤の揺るぎない意志にも、与那城敬の色気あるエスカミーリョにも見事に呼応し、ホセの弱さと狂気を強くにじませた。
主要キャストを日本人で固めた「カルメン」で、この水準は滅多にない。2025年2月にも歌って高水準だった加藤と宮地が、さらに進化および深化していたことも大きい。それに歌唱がいいと、歌唱にかぎらず随所で興奮を強いられるものである。第4幕の、ショー会場前の管弦楽と合唱が一体化した熱気、そこに重ねられるダンス、その華やぎから激しい争いと悲劇への鮮やかな転換。いまこれを書きながらも、胸に迫ってくる。
(香原斗志)
公演データ
東京二期会オペラ ジョルジュ・ビゼー「カルメン」 【堺公演】
11月1日(日)14:00フェニーチェ堺 大ホール
指揮:ユージン・ツィガーン
演出・衣裳:イリーナ・ブルック
装置:レスリー・トラバース
照明:喜多村 貴
振付:マルティン・ブツコ
衣裳補:武田園子
合唱指揮:河原哲也
演出助手:彌六
振付助手:伊藤利紗
舞台監督:村田健輔
技術監督:大平久美、村田健輔
カルメン:加藤のぞみ
ドン・ホセ:澤原行正
エスカミーリョ:与那城敬
ミカエラ:宮地江奈
スニガ:ジョン ハオ
モラレス:宮下嘉彦
ダンカイロ:ヴィタリ・ユシュマノフ
レメンダード:大川信之
フラスキータ:清野友香莉
メルセデス:上久保沙耶
合唱:二期会合唱団
児童合唱:堺市少年少女合唱団・堺リーブズハーモニー
管弦楽:大阪交響楽団
プログラム
ジョルジュ・ビゼー:オペラ「カルメン」
全4幕 日本語字幕付原語(フランス語)上演
かはら・とし
音楽評論家、オペラ評論家。オペラなど声楽作品を中心に、クラシック音楽全般について執筆。歌唱の正確な分析に定評がある。著書に「イタリア・オペラを疑え!」「魅惑のオペラ歌手50:歌声のカタログ」(共にアルテスパブリッシング)など。「モーストリークラシック」誌に「知れば知るほどオペラの世界」を連載中。歴史評論家の顔も持ち、新刊に「教養としての日本の城」(平凡社新書)がある。










