中国の伝統楽器が鳴り響く「展覧会の絵」
チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番とムソルグスキーの組曲「展覧会の絵」という、文字どおりの名曲2曲のコンサート。ただし、後者は指揮者自らの編曲で中国の伝統楽器を加えた点に大きな特徴がある。
チャイコフスキー作品のピアノ独奏は務川慧悟。その演奏は軽快で流麗、しかしけっして先を急がず、活力と余裕が共存しているので、安心して音楽に身をゆだねられる。第1楽章のコーダをあまり煽(あお)らず力まず、むしろ抑え目に終わらせて、真のクライマックスと興奮を第3楽章にとっておいたことが象徴するように、作品を熟知し、全体を見とおした上で各所を構成している。第2楽章の軽やかな叙情性も心地よい。指揮者とオーケストラもその意図をよく汲(く)んで、息のあった演奏となった。
アンコールは務川自身がピアノ独奏用に編曲した、ラヴェルの組曲「マ・メール・ロワ」からの〝パゴダの女王レドロネット〟の、美しい演奏。
そして後半、指揮者を囲んで横笛、擦弦楽器、打弦楽器、撥弦楽器、打楽器の5人の独奏者が並ぶ。シンガポール・チャイニーズ・オーケストラ(80人を超す編成という)のメンバーだ。
いくつかの楽器はPAで拡声される。これらを独奏楽器として全体がコンチェルト・グロッソ(合奏協奏曲)のようになっている。オーケストレーションはラヴェルを参考にしつつ、自由に改変し、楽員のハミングもときに加わる。
はっきりいって、中国の伝統楽器の響きは近代西欧の楽器とはかなり異質だ。原曲の舞台もアジアではない。しかし、1970年代のエマーソン・レイク・アンド・パーマー(ELP)によるロック版の大成功が象徴するように、この音楽にはさまざまなイマジネーションを喚起する、無限のサウンドの可能性がひそんでいる。
演奏後にウォンが指揮台からスピーチしたように、ここで演奏された伝統楽器のルーツは幅広い。地球のどこかで生まれ、陸路と海路のシルクロードを通じて東西南北に広く伝播し、それぞれに発展したうちの中国ヴァージョンだ。たとえば琵琶は西欧のリュート、西アジアのウードなどと同じ祖先を持ち、インドから日本まで広く用いられる、シルクロードの文化交流を象徴する楽器だ。揚琴はハンガリーのツィンバロンにも似ている。
ウォンの母国シンガポールは、中華系、マレー系、インド系などが融合する多民族国家だ。そして今は西洋化が進む。日本を含めたアジア人が西洋音楽を学ぶことの意義や意味、可能性。そのことをあらためて考えてみる、そのきっかけともなるコンサートだった。
(山崎浩太郎)
公演データ
日本フィルハーモニー交響楽団 第414回名曲コンサート
10月24日(土)14:00 サントリーホール 大ホール
指揮:カーチュン・ウォン
ピアノ:務川慧悟
打楽器:ベンジャミン・ウー
笛子:リー・チンツン
揚琴:マ・フアン
胡琴:タン・マンマン
琵琶:ワン・スーウェン
管弦楽:日本フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:田野倉 雅秋
プログラム
チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番 変ロ短調Op.23
ムソルグスキー(カーチュン・ウォン編曲):組曲「展覧会の絵」
ソリスト・アンコール
ラヴェル(務川慧悟編):組曲「マ・メール・ロワ」より〝パゴダの女王レドロネット〟
やまざき・こうたろう
演奏家の活動と録音をその生涯や同時代の社会状況において捉えなおし、歴史物語として説く「演奏史譚」を専門とする。クラシック音楽専門誌各誌や各種サイトなどに寄稿するほか、朝日カルチャーセンター新宿教室にてクラシック音楽の講座を担当している。著書は『演奏史譚1954/55』『クラシック・ヒストリカル108』(アルファベータ)、片山杜秀さんとの『平成音楽史』(アルテスパブリッシング)ほか。1963年東京生まれ。










