九響がホー・グオム・オペラで初公演――響きの違いと文化の違いに触れた一夜
2023年にベトナム政府公安省とハノイ市が官庁街ど真ん中に竣工したコンサートホール「ホー・グオム・オペラ」は、オープン以来毎シーズン世界各地からのオーケストラを招聘(しょうへい)し演奏会を主催している。今期は、ロンドン響やサンクトペテルブルグ響などと並び九州交響楽団が日本から初招聘され、首席指揮者太田弦に率いられ10月24、25日の両日に同一プログラムで公演。日本大使も参列した初日を聴いた。
900席のゆったりした新ホールの最大の特徴は、「最高のオーディオ装置で聴く音楽をホールで経験する」というコンセプトにあろう。響きは敢えてデッドとされ、ステージ上には録音会場のようなマイクが下がり、上手と下手及び反射板内に多数のスピーカーが配される。客席後方にコンソールを常設、音響技師がオーケストラや歌手の音を拾いライヴで操作、最良の響きを客席に送り出すのだ。ステージ上の奏者には難しい課題も多い。
是非オペラアリアを、というホール側のリクエストで九響が用意したのは、ベテランソプラノ針生美智子と、日越共同制作オペラで現地聴衆に知られたテノール山本耕平によるモーツァルトのアリア集と、ブラームス交響曲第2番というシンフォニーオーケストラの海外公演としては珍しいプログラムだ。
土曜午後8時、華やかに着飾った聴衆が詰めかけた客席に、「後宮からの誘拐」序曲が軽快に鳴る。聴き慣れた九響とは別の響きの肌合いに驚く間に、舞台に山本が登場。据えられたマイクの前に立ち、控えめな演技を交えつつ、アリア「ここで君にあえるとは」を披露。続いて針生が「ああ私は恋し、本当に幸せでした」のコロラトゥーラで大喝采。「コジ・ファン・トゥッテ」序曲を挟み、ソプラノ「岩のように動かず」、テノール「愛の息吹」とシリアスで聴き応えあるアリアが並び、最後は二重唱「もう少しで抱擁のなかへ」で会場を沸かせた。協奏的な管との絡みより声が美しく響く残響とバランスを優先したステージは、太田と音響エンジニアの合同作業か。
後半のブラームス、太田はスコアの細かいリズムやテンポ変化を忠実に再現しようとする。とはいえ神経質にはならず、大きな流れで叙情性やノスタルジーを前面に押し出し、本拠地アクロス福岡で耳慣れた豪快なサウンドとは些(いささ)か異なる盛り上がりに到る。最後の小節が響き終わる前に客席から拍手が沸いたのも自然に感じられ、終演後に主催者から贈られた花束を抱えた太田も「文化の違いを感じました」と感無量の初日となった。
(渡辺 和)
公演データ
九州交響楽団 ベトナム・ハノイ公演
10月24日(土)20:00ホー・グオム・オペラ(ベトナム・ハノイ)
指揮:太田 弦
ソプラノ:針生美智子
テノール:山本耕平
管弦楽:九州交響楽団
コンサートマスター:扇谷泰朋
プログラム
モーツァルト:歌劇「後宮からの誘拐」より
序曲
ここで君にあえるとは(テノール アリア)
ああ私は恋し、本当に幸せでした(ソプラノ アリア)
モーツァルト:歌劇「コジ・ファン・トゥッテ」より
序曲
岩のように動かず(ソプラノ アリア)
愛の息吹(テノール アリア)
もう少しで抱擁のなかへ (ソプラノ・テノール二重唱)
ブラームス:交響曲第2番ニ長調Op.73
他日公演
10月25日(日)20:00ホー・グオム・オペラ(ベトナム・ハノイ)
わたなべ・やわら
1957年千葉県生。アマデウスQ解散後のマスタークラス通訳で真の天才を目の前にし衝撃を受け、以降、室内楽を中心にフリー音楽ジャーナリストとして活動。コロナ禍に引退宣言、大分県由布院町に庵を結ぶも隠居の夢はあえなく挫折、九州北部を拠点に日本フィル九州ツアーや九州交響楽団らも眺める日々。著著に『クァルテットの名曲名演』(音楽之友社)、『ゆふいん音楽祭35年の夏』(木星舎)、『クラシックコンサートをつくる。続ける。』(平井滿との共著、水曜社)、等。









