モーツァルトとシューマン、短調が織りなす多彩な情感
イタリアの古楽の鬼才ジョヴァンニ・アントニーニが2度目の読響との共演を果たした。モーツァルトの二つのト短調交響曲の間に、ソリストにソル・ガベッタを迎えたシューマンのチェロ協奏曲を配した興味深いプログラムである。
コンサートマスター日下紗矢子率いる読響は10型の対向配置。「小ト短調」こと第25番の第1楽章は、整然とした音の運びと緊張感をはらんだシンコペーションが快い。オーボエが弱音で全音符を吹く推移部では時間の流れが変わり、のんびりとした表情に。第2主題で再び歩みが戻ると、うきうきとした愉悦が加わる。提示部と再現部はともにリピートされ、2度目には勢いが増して音楽のエネルギーが高まる。明快なアクセントや強弱、リズム、多彩なアーティキュレーションに加え、アントニーニは両手で豊かなイメージに満ちた音の身振りを伝え、オーケストラが応える。この上なく優美な緩徐楽章、トリオの舞曲的な性格が際立つメヌエット楽章を経て、終楽章は暗い情熱をはらみつつ、滑らかな音の運びで後半に向けて緊迫感とアンサンブルの密度を高めた。
今回が読響との初共演となるガベッタは、深紅のドレスで登場。シューマンの協奏曲は、第1楽章冒頭から、弾き手の人柄を感じさせる温かな音色と優美で艶やかな歌い回しに惹(ひ)きつけられる。生気に満ちたオーケストラに導かれて奏でられる第2主題は、人の声のよう。白眉は第2楽章。甘美な音色と滑らかなフレージングに夢見るような眼差しが感じられ、独奏チェロと首席チェリストの二重奏に室内楽的な親密さが漂う。快速テンポの終楽章では、ガベッタは人間味あふれる音とフレージング、生き生きとした感興とともに鮮やかな技巧を披露。同曲で久しぶりに心から魅了された秀演だった。アンコールは読響の5人のチェリストと共演。チェロのアンサンブルの柔らかな響きと美しい歌にしばし陶然とする。オーケストラの中に入り、チェリストたちと並んで聴衆の拍手を受ける姿も印象的。
後半は第40番。第1楽章からリズムやアクセントが際立ち、アーティキュレーションが主題や楽想の性格を浮き彫りにする。緊張感と悲壮感のなかにノーブルな気品と輝きを放ち、展開部でさらに激しさを増す。第2楽章には柔らかなリズムが息づき、ヴィブラートを抑えた弦から和声の綾が浮かび上がる。メヌエットはダンサブルな愉悦に満ち、木管と弦が織りなす多層的な音空間がすばらしい。終楽章は全休止の「間」を巧みに生かし、微妙なルバートや細やかな抑揚が音楽に濃(こま)やかな陰影を与える。そして対位法的な書法の箇所では、アンサンブルの密度がさらに高まり、音楽は情熱と高揚へと向かう。
モーツァルトの第25番の若々しい情熱と第40番の緊密で複雑な陰影。同じト短調に異なる表情を与えたモーツァルトの創意と、内省的な甘美さから情熱の奔流までを描くシューマンのロマン的表現。その対比が鮮やかに浮かび上がる充実したコンサートだった。
(那須田務)
公演データ
読売日本交響楽団 第696回名曲シリーズ
10月23日(金) 19:00サントリーホール 大ホール
指揮:ジョヴァンニ・アントニーニ
チェロ:ソル・ガベッタ
管弦楽:読売日本交響楽団
コンサートマスター:日下紗矢子
プログラム
モーツァルト:交響曲第25番 ト短調 K.183
シューマン:チェロ協奏曲 イ短調 作品129
モーツァルト:交響曲第40番 ト短調 K.550
ソリスト・アンコール
シューマン/ガベッタ 編:「民謡風の5つの小品」第2曲
他日公演
10月25日(日)14:00横浜みなとみらいホール
なすだ・つとむ
音楽評論家。ドイツ・ケルン大学修士(M.A.)。89年から執筆活動を始める。現在『音楽の友』の演奏会批評を担当。ジャンルは古楽を始めとしてクラシック全般。近著に「古楽夜話」(音楽之友社)、「教会暦で楽しむバッハの教会カンタータ」(春秋社)等。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。










