チョン・ミョンフン指揮 東京フィルハーモニー交響楽団 第1034回サントリー定期シリーズ

チョン・ミョンフンの見事な統率! 一瞬たりとも弛緩することのない上質な「カルメン」

名誉音楽監督チョン・ミョンフン指揮による東京フィルの定期演奏会、ビゼーの歌劇「カルメン」演奏会形式上演を聴いた。来年からミラノ・スカラ座音楽監督に就任するチョンだが、これに先立つ今年6月にスカラ座で「カルメン」を指揮し成功を収めたという。主要キャストはその時とほぼ同じ顔触れを引き連れてのステージとあって3回行われる公演は完売の人気ぶりとなった。(エスカミーリョ役がニコラ・クルジャルからアンドリー・キマチに交代)

チョン・ミョンフンが指揮台に立ち、ミラノ・スカラ座での「カルメン」とほぼ同じ顔触れを引き連れてのステージを披露した 
チョン・ミョンフンが指揮台に立ち、ミラノ・スカラ座での「カルメン」とほぼ同じ顔触れを引き連れてのステージを披露した 撮影=上野隆文/提供=東京フィルハーモニー交響楽団

合唱はパイプオルガン下のP席に。オケは弦楽器14型で、ステージ奥から3分の2くらいまでのスペースに山台を使わず全員フラットに配置。歌手たちは前方の3分の1のスペースを使って歌唱や簡単な演技を繰り広げるスタイル。小道具はいす程度で、場面の状況に応じてライトの色や照度を変化させることで、必要最小限の演出効果をもたらしていた。また、第4幕(第3幕2部)の前などにフラメンコ・ダンサーによる舞踊も加えられた。

フランメンコ・ダンサーによる舞踏
フランメンコ・ダンサーによる舞踏 撮影=上野隆文/提供=東京フィルハーモニー交響楽団

チョンの音楽作りはコンチェルタンテということを意識してのことか、あたかも声楽付きの管弦楽作品のようなアプローチ。第1幕の終結部を大胆にカットして、ほぼアタッカーのように続けて第2幕に突入していくなど音楽の流れを途切れさせないことに重きを置いているように映った。チョンならではの滑らかな旋律処理が随所で行われた結果、テンポの速さの割には急(せ)いている印象を与えないところはさすがの手腕であった。
東京フィルもチョンの棒の下、全曲にわたって高い集中力を持続させ、14型というオペラとしては比較的大きな編成であったにもかかわらず、同じ高さで繰り広げられた歌手たちの声を邪魔することなく、逆に音量を抑えすぎて迫力を欠くような場面も皆無で終始絶妙のバランスを保って生命力にあふれた快演を聴かせた。

東京フィルがチョンの棒の下、生命力にあふれた快演を聴かせた 撮影=上野隆文/提供=東京フィルハーモニー交響楽団

歌手陣で特筆すべきはドン・ホセ役のマシュー・ポレンザーニ。ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場をはじめ米国をメインに近年はヨーロッパにも活躍の場を広げているリリック・テノール。コンサートホールというオペラ劇場とは少し異なる空間に響きわたる伸びのある美声は圧巻であった。感情表現も豊かでホセの気持ちが時を経るにつれて変化していく様が巧みに表現されていた。

左からミカエラ役のスラーフカ・ザーメチニーコヴァーとドン・ホセ役のマシュー・ポレンザーニ
左からミカエラ役のスラーフカ・ザーメチニーコヴァーとドン・ホセ役のマシュー・ポレンザーニ 撮影=上野隆文/提供=東京フィルハーモニー交響楽団

題名役のフランスのメゾ・ソプラノ、ステファニー・ドゥストラックについては休憩時の専門家諸氏の会話では賛否が分かれるところであったが、声量には問題なく、移り気で妖艶な美女という従来のカルメン像とは少し異なる、より人間的で現代のストーカー被害に遭うごく普通の女性のような雰囲気を醸し出していたのは興味深かった。

ステファニー・ドゥストラックは、従来のカルメン像とは異なる、より人間的なカルメンを打ち出した
ステファニー・ドゥストラックは、従来のカルメン像とは異なる、より人間的なカルメンを打ち出した 撮影=上野隆文/提供=東京フィルハーモニー交響楽団

ミカエラ役のスラーフカ・ザーメチニーコヴァー、エスカミーリョを演じたウクライナ出身のバリトン、アンドリー・キマチも高水準の歌唱で公演の成功を支えた。日本人キャストでは、フラスキータの砂田愛梨が終演後、大きな喝采を集めていた。

左からメルセデス役の藤井麻美、カルメン役のステファニー・ドゥストラック、フラスキータ役の砂田愛梨
左からメルセデス役の藤井麻美、カルメン役のステファニー・ドゥストラック、フラスキータ役の砂田愛梨 撮影=上野隆文/提供=東京フィルハーモニー交響楽団

一点だけ残念だったのは終幕の後半、ホセがカルメン殺害に至る場面で、合唱がP席から歌ったことだ。筆者の席が2階正面前方でちょうど合唱と相対する位置だったせいもあるが、合唱の声がストレートに届くせいか、闘牛場内の明るい喧騒と、その外で展開されるホセとカルメンの暗い修羅場の対比がうまく伝わってこないように感じたからだ。この場面だけ合唱をP席裏の通路から歌わせたら、より良かったのではないだろうか。
とはいえ、上演全体としてはチョンの見事な統率によって一瞬たりとも弛緩することない上質なステージに仕上がっていたことは終演後の盛大な喝采とブラボーの歓声からも明らかだった。

(宮嶋 極)

公演データ

東京フィルハーモニー交響楽団 第1034回サントリー定期シリーズ

7月23日(木)19:00 サントリーホール 大ホール

指揮:チョン・ミョンフン
カルメン:ステファニー・ドゥストラック
ドン・ホセ:マシュー・ポレンザーニ
エスカミーリョ:アンドリー・キマチ
ミカエラ:スラーフカ・ザーメチニーコヴァー
スニガ:木村 善明
モラレス:小林 啓倫
ダンカイロ:北川 辰彦
レメンダード:村上 公太
フラスキータ:砂田 愛梨
メルセデス:藤井 麻美
合唱:新国立劇場合唱団、世田谷ジュニア合唱団
フラメンコ:南風野香スペイン舞踊団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:岡本 誠司

プログラム
ビゼー:歌劇「カルメン」
全3幕・日本語字幕付き原語(フランス語)上演

他日公演
7月26日(日)15:00 Bunkamuraオーチャードホール
7月29日(水)19:00 東京オペラシティ コンサートホール

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宮嶋 極

みやじま・きわみ

放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。

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