ノット&東響のチャイコフスキー フェスタサマーミューザKAWASAKIオープニングより

音楽祭のオープニングを飾ったノットと東京交響楽団 (C)N.Ikegami
音楽祭のオープニングを飾ったノットと東京交響楽団 (C)N.Ikegami

真夏のオーケストラの祭典として人気を集める「フェスタサマーミューザKAWASAKI 2023」が7月22日から8月11日までの間、ミューザ川崎シンフォニーホールをメイン会場に開催されている。まずは初日に行われたジョナサン・ノット指揮、東京交響楽団のオープニング・コンサートの模様を報告する。(宮嶋 極)

 

今年のフェスタサマーミューザKAWASAKIには、首都圏に本拠を置く一定規模以上のプロ・オケがすべて参加したことに加えて、山形交響楽団、日本センチュリー交響楽団(大阪市)、洗足学園音大、昭和音大のオーケストラなども登場。さらにジャズやピアノ(小川典子)のコンサートを含めると19(プレ・コンサートは含まず)もの公演が開催された。プログラムも各オケの個性を反映した多彩な内容で、お互いの魅力を競い合うような音楽祭にふさわしいにぎやかさを呈した。

 

さらに音響の評価が世界的にも高い同ホールで、短期間に首都圏のオケを連続して聴くことで、各楽団の個性がより際立って伝わってくるようで、なかなか興味深い。

今年のテーマは「お待ちどうサマー♪」。コロナ禍で見送りとなったイベントも復活し、にぎわいを見せている (C)N.Ikegami
今年のテーマは「お待ちどうサマー♪」。コロナ禍で見送りとなったイベントも復活し、にぎわいを見せている (C)N.Ikegami

さて、オープニング・コンサートだが、ノットが指揮する東響はどんなレパートリーでも、やはり平凡で通りいっぺんの演奏はしないな、と感心させられる内容であった。チャイコフスキーの交響曲第3番、同4番というプログラム。彼らがベートーヴェンなどの古典派を取り上げた時のようにスビード感あふれるスタイリッシュな演奏とは正反対の、全般的にやや遅めのテンポで深い呼吸感をもって旋律をじっくりと処理していくようなアプローチであった。

 

チャイコフスキーならではの美しくメランコリックなメロディーが各パート間でどのように受け渡されながら形成されているのか、そしてその旋律を支える内声部がどんな構造になっているのかを詳らかにしていくような音作り。その過程でパート間の音量バランスに細心の注意を払っていることはノットの指揮ぶりをはじめ、いろいろなことからも明らかであった。

 

その一例を紹介しよう。それは弦楽器の編成。この日は第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンを対向配置にした上で第1を16人ではなく、第2と同じく14人とし、ヴィオラ以下はいわゆる16型と同じく12・10・8という編成。つまりアンサンブルを組み立てていく上で、第1ヴァイオリンを突出させずに第2と対等の位置付けにしよう、とのノットの意図が感じられる。さらに面白かったのは第4番第1楽章の冒頭である。ホルン4本で力強く提示されるモチーフが奏でられる箇所。ノットはホルンとは逆の方向に体を向けてタクトを振り始めたのだ。一瞬、ホルンの座る位置を間違えたのかと思ったほどだが、決してそのようなことではなく、ホルンの裏側で鳴るファゴットの響きと7小節目から加わってくるトロンボーン、とりわけバス・トロンボーンの音量調整に気を配っていたのである。こうした楽器間のバランスを微細に調整しながら、これまで体験したことがないよう新たな表情が作品の奥から浮かび上がってきたのは、まさしく新鮮な驚きであった。

 

このコンビならではの新しいチャイコフスキー像の提示に終演後、客席は大喝采に包まれ、それはオケが退場しても鳴りやむことはなく、ノットがステージに再登場する、いわゆるソロ・カーテンコールの光景が繰り広げられた。

響きを重視した対向配置 (C)N.Ikegami
響きを重視した対向配置 (C)N.Ikegami

公演データ

【フェスタサマーミューザKAWASAKI 2023】

〇東京交響楽団オープニング・コンサート

7月22日(土)15:00 ミューザ川崎シンフォニーホール

指揮:ジョナサンレ・ノット
コンサートマスター:グレブ・ニキティン

チャイコフスキー:交響曲第3番ニ長調Op.29「ポーランド」
チャイコフスキー:交響曲第4番ヘ短調Op.36

宮嶋 極
宮嶋 極

みやじま・きわみ

放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。

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