4月の在京オケの公演から~ヤノフスキ&NHK交響楽団、クーシスト&東京都交響楽団

東京・春・音楽祭、NHK交響楽団A定期とN響との共演を重ねたヤノフスキ 写真提供:NHK交響楽団
東京・春・音楽祭、NHK交響楽団A定期とN響との共演を重ねたヤノフスキ 写真提供:NHK交響楽団

名演が相次いだ東京・春・音楽祭が行われた4月、在京オーケストラの通常公演においても、終演後、楽員が退場しても拍手が鳴り止まず指揮者が再登場する、いわゆるソロ・カーテンコールとなる充実の演奏が何度か披露された。そこで、そうした公演の中から速リポで取り上げていないマレク・ヤノフスキ指揮、NHK交響楽団A定期(取材日14日)とペッカ・クーシストが客演した東京都交響楽団のプロムナードコンサート(21日)について報告する。(宮嶋 極)

【マレク・ヤノフスキ指揮 N響4月定期公演Aプログラム】

ヤノフスキとN響は3月から東京春祭でワーグナー・シリーズ「トリスタンとイゾルデ」、同音楽祭20年記念の「ニーベルングの指環」ガラ・コンサートと密度の濃い共同作業を約1カ月にわたって続け、その締めくくりがN響の4月定期Aプロとなった。演目はシューベルトの交響曲第4番とブラームス交響曲第1番。ワーグナーの大作にみっちりと取り組んだ後だけにヤノフスキとN響の意思疎通はとても自然な感じで、指揮者が多くの指示を出さなくてもオケが自然な形で彼の意図を実際の音楽へと具現化しているように映った。ワーグナーの時と同じく作品の骨格を堅固に固めた上で、余計な装飾を排した質実剛健な表現で音楽を組み立てていた。
シューベルトは弦楽器の編成を12型に絞った上で室内楽を拡大したかのような活発なアンサンブルで、作品に込められた古典派的な美感を生き生きと描き出していた。
後半のブラームスは弦楽器を16型に拡充していたが、質実剛健な組み立ては変わらず、骨太な構造を終始崩すことなく音楽が進んでいく。テンポは全体にやや速め。最近のブラームス演奏に多い、ゆったりとしたテンポでタップリ歌うというのとは正反対のスタイル。第2ヴァイオリン、ヴィオラ、木管楽器による内声部の扱いにも細心の注意が払われ、複数の旋律が絡み合う対位法的な要素を聴かせようとの意図が伝わってくる。ヤノフスキのブラームスを強いて例えるなら1959年にカール・ベームがベルリン・フィルを指揮しての録音に少し似ているように思った。後のウィーン・フィルとの録音に比べるとずうっと速いテンポでキビキビと音楽を進めていく点が共通していたからだ。もちろん、細部はかなり違うのだがベーム同様、両端楽章の推進力は目を見張る力強さで、第4楽章では白熱したコーダを構築して、終演後には万雷の喝采を集めた。(最後はソロ・カーテンコールになった)一連の共演の締めくくりということで女性楽員から花束を贈られたマエストロは珍しく笑顔を見せていた。この表情にも現在のヤノフスキとN響の信頼関係が窺えた。
なお、この日コンマスを務めたのは「リング」ガラに続いて客演のヴォルフガング・ヘントリヒ(ドレスデン・フィル第1コンマス)。ヤノフスキの信頼が厚いヴァイオリニストだけに、指揮者の意図をうまく咀嚼(そしゃく)して派手さはないが堅実にオケをリードしていた印象。第2楽章のソロでも太い音でどっしりとした演奏を聴かせた。

共演の締めくくりに花束を贈られ笑顔を見せた 写真提供:NHK交響楽団
共演の締めくくりに花束を贈られ笑顔を見せた 写真提供:NHK交響楽団

【ペッカ・クーシスト指揮・ヴァイオリン 東京都交響楽団プロムナードコンサート No.407】

目が覚めるような鮮やかな演奏というのはまさにこの日のクーシストと都響による快演をいうのであろう。当然、終演後はソロ・カーテンコールとなった。
フィンランド出身のヴァイオリニストであり、指揮者、作曲家としても活躍するクーシスト。都響との初共演は昨年1月の定期で、この時はソリストとしてシベリウスのヴァイオリン協奏曲(ヨーン・ストルゴーズ指揮)を弾いている。今回はヴァイオリンだけでなく指揮もということで注目を集めた。ちなみに指揮者としては日本デビューとなる。
前半のヴィヴァルディ「四季」はまったく別の曲に聴こえるほどの斬新かつ新鮮な演奏。第1ヴァイオリンから8・8・6・4・2の編成(ヴァイオリンは対抗配置)で、クーシストは指揮台を使わず、ソロ・ヴァイオリンと掛け合いとなるパートの前に移動しながら、まるでオケを挑発するかのようにアグレッシブなアンサンブルを仕掛けていく。基本ノーヴィブラートで作曲家在世当時のいわゆるピリオド(時代)奏法の要素を取り入れたスタイル。一点興味深かったのはクーシストの楽器(ストラディヴァリ・スコッタ)の音色が(羊の腸から作る)ガット弦を張っているように聴こえたことである。筆者の席は2階正面、角が取れ少しくすんだようなサウンドはスティール弦を張ったストラディヴァリウスとは異なるように感じた。後で矢部達哉コンマスにお尋ねしたところ「スティールだと認識していました。ですが、指板あたりを多用するのでガット弦のような響きになるのかと思いました」とのこと。なるほど、確かに駒のすぐ側でなく指板の上で弓を動かす箇所が幾度も見られた。奏法で音色を変化させていたのも驚きであった。

ヴィヴァルディ「四季」でアンサンブルをリードするクーシスト (C)堀田力丸/東京都交響楽団提供
ヴィヴァルディ「四季」でアンサンブルをリードするクーシスト (C)堀田力丸/東京都交響楽団提供

とはいえ、クーシストと都響の演奏が古楽オケの延長線上にあっただけかというと決してそういうわけではない。古楽奏法に寄せるだけではなく、より自由で即興性にあふれ、聴いていてどこまでが即興でどこがリハーサルを経て作り上げたアンサンブルなのか区別がつきにくかったほどのフレシキブルさであった。モダン・オケによる「四季」の存在意義を再確立してみせたような演奏だったといえよう。
後半のベートーヴェンの交響曲第7番もピリオドの要素を取り入れたアプローチで弦楽器は12・12・8・8・6の編成で対抗配置。ここでもクーシストは指揮台を使わず、弦楽器各パートの前を動き回りながらの指揮をし、活発なアンサンブルを喚起していく。ほぼノーヴィブラートでアーティキュレーション(音と音の繋げ方)をかなり見直し、作品に新たな生命力を宿らせたかのような演奏に仕上げていた。
そして何より印象に残ったのは都響のメンバーが実に楽しそうに活発なアンサンブルを繰り広げていたことだ。クーシストと楽員、そしてメンバー相互間のアイコンタクトが緊密で、時折笑みを浮かべてもいた。楽員が楽しみながら演奏し、それが聴衆にも伝わる。そうした音楽空間を創出できるクーシストの才能はなかなかのものである。今後も注目していきたい。

交響曲でも活発なアンサンブルで魅了 (C)堀田力丸/東京都交響楽団提供
交響曲でも活発なアンサンブルで魅了 (C)堀田力丸/東京都交響楽団提供

公演データ

【NHK交響楽団4月定期公演Aプログラム】

4月13日(土)18:00、14日(日)14:00 NHKホール
指揮:マレク・ヤノフスキ
コンサートマスター:ヴォルフガング・ヘントリヒ

シューベルト:交響曲第4番ハ短調D.417
ブラームス:交響曲第1番ハ短調Op.68

 

【東京都交響楽団プロムナードコンサート No.407】

4月21日(日)14:00  サントリーホール
指揮・ヴァイオリン:ペッカ・クーシスト
コンサートマスター:矢部 達哉

ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲集「四季」Op.8 nos1-4
ベートーヴェン:交響曲第7番イ長調Op.92

宮嶋 極
宮嶋 極

みやじま・きわみ

放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。

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