デイヴィッド・ロバートソン指揮 PMFオーケストラ 東京公演

吉本梨乃とPMFオーケストラによる奇跡のベートーヴェン

バーンスタインが札幌に創設した国際的な教育音楽祭PMF(パシフィック・ミュージック・フェスティバル)も回数を重ねて36回目。今年は世界70カ国と地域から集った1466人の志願者の中からオーディションで選ばれた92人の若い音楽家たちが参加。音楽祭の首席指揮者を務めるアメリカの名匠ロバートソンの指揮するPMFオーケストラの東京公演を聴いた。

アメリカの名匠デイヴィッド・ロバートソン率いるPMFオーケストラが東京公演を開催
アメリカの名匠デイヴィッド・ロバートソン率いるPMFオーケストラが東京公演を開催 写真提供:PMF組織委員会

1曲目はストラヴィンスキーの「管楽器のためのシンフォニーズ」(1947年改訂版)。甲高い叫びのようなリズミカルな部分とロシア民謡風の部分の性格がはっきりと示される。各楽器の瑞々しい響きが互いに共鳴し合う様はまさに、シンフォニーの語源である古代ギリシャ語の本来の意味「共に響く」の本質を想起させる。

続いて昨年のパガニーニ国際ヴァイオリンコンクール第2位の吉本梨乃をソリストに迎えたベートーヴェンの協奏曲。これが驚嘆すべき名演だった。吉本の奏でるストラディヴァリウス「ムンツ」の輝くばかりの気品に溢れる音色と聴き手の心の襞に寄り添うような肌理(きめ)濃やかな表現がすばらしく、第1楽章を終えて思わず客席から拍手が沸き起こったのも頷ける(カデンツァはクライスラー)。第2楽章冒頭、オーケストラの弱音器を付けた弦のソット・ヴォーチェとフレーズの僅かな膨らみ。ソロはしなやかな運弓で楽器を歌わせ、中間部ではしばし時が止まったような甘美な瞬間が創出。第1楽章から第3楽章まで片時の弛みもない、豊かな情感と詩情に満ちた最高度の演奏で聴き手を魅了してやまない。ホールの熱い喝采に応えて吉本は、オーケストラとパガニーニの「ヴェニスの謝肉祭」を演奏。一変してリラックスした表情で持ち前の超絶技巧が発揮された。

吉本梨乃をソリストに迎えたベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲。吉本は、豊かな情感と詩情に満ちた最高度の演奏で聴き手を魅了した 写真提供:PMF組織委員会

後半は12型から16型に編成を拡大してプロコフィエフの第5番。第1楽章はフルートとファゴットによる第1主題から展開部を経た最初の総奏まで、流れるように進められるが、全体のバランスからみて金管が鳴り過ぎ、各セクションの音色や表現が揃わないなど常設のオーケストラとは異なる限られた共演期間ゆえの課題は見られたものの、それを上回る若い音楽家たちのはちきれんばかりのエネルギーが会場を満たした。第2楽章のモダン・タイムズの冷たいメカニカルな運動ではない人間的な味わいや第3楽章の弦の温かな「歌」、終楽章の鋭い諧謔味など聴き所は少なくない。ロバートソンは明快かつ誠実な指揮でオーケストラを統率し、劇的な構成を保ちつつ、一人一人の潜在的な能力を引き出す。約1カ月間ウィーン・フィルやベルリン・フィル、アメリカのメジャーオーケストラのメンバーらから教えを受けた成果が示された一夜となった。今この時代に日本でこのような音楽祭が毎年のように開催されていることの意義は大きい。

(那須田務)

ロバートソンは明快かつ誠実な指揮でオーケストラを統率。劇的な構成を保ちつつ、一人一人の潜在的な能力を引き出した
ロバートソンは明快かつ誠実な指揮でオーケストラを統率。劇的な構成を保ちつつ、一人一人の潜在的な能力を引き出した 写真提供:PMF組織委員会

公演データ

PMFオーケストラ 東京公演

7月27日(月)19:00サントリーホール 大ホール

指揮:デイヴィット・ロバートソン
ヴァイオリン:吉本梨乃
管弦楽:PMFオーケストラ

プログラム
ストラヴィンスキー:管楽器のためのシンフォニーズ(1947年版)
ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 Op.61
プロコフィエフ:交響曲 第5番 変ロ長調 Op.100

ソリスト・アンコール
パガニーニ:ヴェニスの謝肉祭

Picture of 那須田 務
那須田 務

なすだ・つとむ

音楽評論家。ドイツ・ケルン大学修士(M.A.)。89年から執筆活動を始める。現在『音楽の友』の演奏会批評を担当。ジャンルは古楽を始めとしてクラシック全般。近著に「古楽夜話」(音楽之友社)、「教会暦で楽しむバッハの教会カンタータ」(春秋社)等。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。

連載記事 

新着記事