錦織 健(テノール)

錦織健がデビュー40周年を記念して全国でリサイタルを開催

二期会のレハール「メリー・ウィドウ」でのオペラ・デビューから40年。オペラやコンサートで歌うと同時にラジオやテレビに出演し、アニソンからポップス、ロックまで歌うオペラ界のエンターテイナーとして活躍する錦織健。現在40周年を記念して全国18カ所でリサイタルを行なっている。これまでを振り返るとともに、ジャンルを超えた錦織の歌の世界について語っていただいた。

(聞き手 那須田 務)

デビュー40周年を迎えたテノール歌手、錦織健
デビュー40周年を迎えたテノール歌手、錦織健

——島根県出雲市出身、国立音楽大学を卒業後二期会などで歌って新星テノール歌手として高い評価を得、奨学金を得てミラノやウィーンに留学。帰国後ポップスも歌うようになられました。当時はクラシックの歌手でジャンルを超えた曲を歌う人は少なかった。そのきっかけは?

錦織 私はもともと小学生の時にアニソン、中学でポップスとフォーク、高校でロックを歌っていました。ですからポップス歌手がオペラを歌うようになったと言う方がいいですね。僕らの世代の小学生が歌っていたアニソンは「鉄腕アトム」「鉄人28号」や「巨人の星」の主題歌ですね。中学では1970年代ポップスや南こうせつを、ギターを弾きながら歌っていました。高校生の時にロック・バンドをやっていましたが、同時にコーラス部で部長を務めていました。将来音楽の仕事をしたいと音楽大学に進学することにしました。ソロもコーラスも含めて歌うことが大好きだったので声楽科に入りましたが、当時は声楽で身を立てようと思ったらオペラしかない。ミラノとウィーンに留学してさまざまな先生のもとで多くのことを学びました。ウィーンの国立歌劇場でオペラをたくさん見ました。ポネルの新演出でアグネス・バルツァがタイトルロールを歌ったロッシーニの「アルジェのイタリア女」が忘れられません。でも欧州と違って日本でオペラ歌手として生きていくのは大変。音楽界は常に新しい才能を求めていて、中堅になると興味が持たれなくなる。まだ十分に歌えるのに、相当個性的なことをしないと彼は終わったと言われる。そういうことに気づいた。そうであれば常にマーケットリサーチをして、世の中で必要とされることを補完するような生き方をしようと。20歳代から30歳代始めのことです。

——以来、クラシック業界のすそ野を広げるような活動をされてこられた。状況が変わったと思いますか?

錦織 私のコンサートに来られるお客さんは変わりましたね。デビューした頃はコンサートでトークをする人もいませんでしたし、客席にクラシック特有のピリピリとした緊張感がありましたが、今ではトークも歌もリラックスして楽しんでくださっています。

——ご自分が歌うオペラで一番お好きな作曲家は?ドイツ歌曲はどうでしょう?

錦織 テレビのコーヒーのCMでプッチーニの「トゥーランドット」〝誰も寝てはならない〟を歌っていたので、イタリア・オペラと思われがちですが、モーツァルトですね。イタリア・オペラを日本人が歌うと「イタリアの声と違う」などと言われますが、その点、モーツァルトはドイツ・オペラでもイタリア・オペラでもありませんし、表現も抑制的なところが日本人にあっていると思います。「魔笛」けのタミーノなどは日本の狩人の衣装を着ているとト書きにありますしね。実際そういう演出のオペラに出たこともありました(Bunkamura日中合作オペラ、佐藤信演出、訳詞他、1989年12月オーチャードホール)。芝居としても面白く、解釈の自由度が高いところもいいですね。ドイツ歌曲はあまり自分では歌いませんが、聴くのは好きです。学生の頃はリートのテノールといえばヴンダーリヒ派かシュタイアー派のどちらかで、私はシュタイアー派。叔母がドイツのブレーメンに住んでいたのでシュライアーの「白鳥の歌」のLPを送ってもらって繰り返し聴きました。ずっと後になってシュライアーの指揮でベートーヴェンの「荘厳ミサ曲」を歌ったことがあるんですよ。憧れの存在でしたから嬉しかったですね。身近で見ると体格も顔も大きくて、あれほどリリカルで繊細な歌を歌う方なのに指揮は情熱的でオーラを感じさせた。

那須田務氏の質問に答える錦織健
那須田務氏の質問に答える錦織健

——今回の40周年を記念する一連のコンサートもそうですが、プログラムが考え抜かれていますね。

錦織 長年歌ってきた成果で、ほぼ構成が決まっています。最初にバロックの技巧的なアリアを歌い、続いて日本歌曲、アニソン、モーツァルト、オペレッタやロマン派のアリア、ポップス、最後はロックの順です。すべて生のピアノと声で歌います。クイーンの「ボヘミアン・ラプソディ」もそうです。これは他にはないと思うのでぜひとも聴いてください。

デビュー40周年を迎えたテノール歌手、錦織健

錦織はとても気さくな方で、和やかなお話ぶりが印象的だ。40年も歌い続けられてこられた秘訣はおそらく日頃の体調管理にあるのだろう。アルコールは20年くらい口にしていないし、フルーツだけの日もあると言う。塩分や味が濃いものを食べると喉の調子が悪くなるのでコンサート前日は一切塩分を取らない。物凄くストイックな生活をしているからこそ、息の長い活動ができるのだ。趣味は2つあり、そのうちのひとつはボイス・トレーニング。「高校生の時から楽しくなりました。科学的な話ではなく経験からの結論ですが、喉の状態は絶えず変化するので、歌手は一生、自分の喉を作り直さなければならない」。もう一つは息抜きを兼ねたゲーム。「反射神経が求められ、集中力が養われると思う。一晩中ゾンビのいる屋敷を探検していたらぐっすり眠れます」(笑い)。

森麻季とのデュオ・リサイタルも好調。トーク台本を書くのも好き。今年1月のNHKニューイヤーオぺラコンサートでは自ら出演するだけでなく「トゥーランドット」のハイライトの台本を書いてウェンツ瑛士さんが語りを担当した。今後についてうかがうと、「今まで通り、身体を大事にして納得できる歌手人生を全うしたいと思います」とのこと。まずはデビュー40周年記念リサイタルで今の錦織さんを存分に楽しみたい。ちなみに東京公演は10月8日に東京オペラシティコンサートホールで行われる。

公演データ

豊嶋泰嗣 演奏活動40周年 コンサート一覧

7月19日(日)おにクル ゴウダホール(大阪)
指揮:松岡 究
アマービレ・フィルハーモニー管弦楽団

ブラームス:大学祝典序曲Op.80
ブラームス:ヴァイオリン協奏曲ニ長調Op.77
ブラームス:交響曲第4番ホ短調Op.98

10月3日(土)  兵庫県立芸術文化センター KOBELCO大ホール(兵庫)
指揮:出口 大地
ピアノ:上野 真
チェンバロ:中野 振一郎
フルート:シン・イェジ
兵庫芸術文化センター管弦楽団

J・S・バッハ:ブランデンブルク協奏曲第5番
ベルク:「室内協奏曲」
ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲ニ長調

【リサイタル】
12月12日(土) 京都府民ホールアルティ

12月14日(月) 浜離宮朝日ホール
12月15日(火) 水戸芸術館
ヴァイオリン:豊嶋 泰嗣
ピアノ:クンウー・パイク

ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ全曲

12月26日(土) 京都府民ホールアルティ
ヴァイオリン&ヴィオラ:豊嶋 泰嗣
ピアノ:上野 真
アルト:山下 裕賀
チェロ:上村 昇

ブラームス:ヴィオラ・ソナタ全曲
ブラームス:アルト、ヴィオラ、ピアノのための「2つの歌」
ブラームス:クラリネット三重奏曲Op.114(ヴィオラ、チェロ、ピアノ版)

Picture of 那須田 務
那須田 務

なすだ・つとむ

音楽評論家。ドイツ・ケルン大学修士(M.A.)。89年から執筆活動を始める。現在『音楽の友』の演奏会批評を担当。ジャンルは古楽を始めとしてクラシック全般。近著に「古楽夜話」(音楽之友社)、「教会暦で楽しむバッハの教会カンタータ」(春秋社)等。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。

連載記事 

新着記事