音楽生活40周年を迎えたヴァイオリニスト 豊嶋泰嗣に今の思いを聞く
ヴァイオリニストでヴィオラ奏者としても活躍する豊嶋泰嗣が今年、楽壇デビュー40周年を迎えた。サイトウ・キネン・オーケストラ、新日本フィルハーモニー交響楽団、九州交響楽団などでコンサートマスターを歴任するなど日本を代表するヴァイオリニストのひとりである豊嶋に40年を迎えた今の思いを聞いた。
(取材・構成 宮嶋 極)
取材は4月6日、東京・春・音楽祭が開催中の東京文化会館で行った。当日は同音楽祭においてルドルフ・ブッフビンダーの弾き振りでベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲演奏会Ⅱ(第1番、第5番)が開催され、豊嶋は東京春祭オーケストラのコンサートマスターを務めており、その本番前に取材に応えてくれた。
——楽壇デビュー40年、長いキャリアですが、今の率直なお気持ちをお聞かせください。
豊嶋 自分にとってはそんな長い感じはしないのですけど・・・(笑い)。この東京文化会館、間もなく改修工事に入るので僕にとっては改修前、今日が最後のステージになります。このホールでいろいろな演奏会をやったなあ、と思い返してみるとやはり結構長い間になりますね。40年前からここで弾いていると考えると、感慨深いです。
——現在は関西に拠点を移して活動されているそうですね。
豊嶋 関西に拠点を移して十数年経ちます。住まいは大阪ですが、京都と兵庫など関西圏のオーケストラや室内楽、あとは京都の大学で教えることなどを中心に音楽活動を行っています。40年間のうち20年以上は東京で活動していましたが、室内楽から離れていた期間も長くなったので、関西に拠点を移すということを新たな区切りとして室内楽にも再び取り組んでいきたいと考えました。コロナ禍の時期にそれまで20年以上使っていた楽器を手放して日本人の職人が製作した新しい楽器を使って活動しています。また、その楽器のこととも関係あるのですが、以前は弾いていたヴィオラの演奏も室内楽、ソロの両面で復活させています。
最も影響を受けた指揮者は小澤征爾さんと朝比奈隆さんです
——多くの主要オーケストラでコンサートマスターの重責を担ってきましたが、特に印象深い、または影響を受けた指揮者を教えてください。
豊嶋 影響を受けたという意味では、やはり小澤征爾さんと朝比奈隆先生ですね。僕のキャリアの中で、二大巨頭ともいえる存在です。たくさんの素晴らしい指揮者と共演してきましたが、そこまで強い影響を受けた指揮者はこの2人以外、ほかにはいませんでした。あとは皆さん優劣なく全て自分の〝栄養〟になったと感じています。
——小澤征爾の指揮の凄さについて感じていることを教えてください。
豊嶋 うーん、小澤さんとの思い出や忘れられない体験は本当に数えきれないほどあります。松本(セイジ・オザワ松本フェスティバル)では、いろいろなことに一緒に取り組みましたし、京都のローム(小澤征爾音楽塾)での教育活動など、さまざまな場所での思い出やエピソードはたくさん蘇ってきます。小澤さんの指揮はエネルギーの強さというのでしょうか、オーラのようなものが他の指揮者とは明らかに違っていました。
——サイトウ・キネン・オーケストラ(SKO)ではコンマスとして小澤とメンバーの橋渡し的な役割も担ったわけですか?
豊嶋 いえ、そうではありません。SKOはメンバー全員がそれぞれ小澤さんとの信頼関係で結ばれていますから、そういう意味では他のオーケストラとはまったく異なっています。コンマスの役割も僕がそこに座っているからというのではなく、それよりもメンバー個々と小澤さんの繋がりによって成り立っているのです。
——朝比奈隆については?
豊嶋 朝比奈先生は、今の時代にはもう絶対に出来ないだろうな、ということがいくつもあったことをまず思い出します。明治生まれのマエストロですから、その時代背景といいますか、価値観などが今の時代とはまったく違っていたと思います。しかし、音楽家として音楽と向き合う姿勢は、本当に頭が下がるものがありました。レパートリーに関しては多少限られていたかもしれないし、年齢を重ねるにつれてさらに限定したレパートリーを深く追究しておられました。例えばベートーヴェンの交響曲でいえば、全曲を何十回と繰り返し演奏され、録音も残されています。にもかかわらず、取り上げるたびに一から勉強し直してきて、前と同じことはやらないし、毎回新しい発見があるということを見せつけられました。そうした音楽に対する姿勢が、すごく勉強になりました。音楽家として音楽をやるということは、いわゆる終わりや正解がなくて、常にまた次の高みを目指すということなのだということを朝比奈先生の姿勢から学ばせていただきました。山登りをしながら新しい発見をして、もっともっと上を目指し、頂上かなと思ったらさらにまだ上があるみたいなものでしょうか。
年齢を重ねても自然に演奏できる〝脱力〟が重要
——共演したソリストで印象に残っているアーティストは?
豊嶋 最近の共演者でいうときょうこれから演奏するルドルフ・ブッフビンダーさんも印象深いひとりですね。年齢を重ねても自然に弾き続けられるというのは、やはり無駄な力が入っていない、脱力を極めないとああした演奏はできないと感心させられるものがあります。小澤音楽監督時代の新日本フィルでは多くの一流アーティストと共演しましたが、マルタ・アルゲリッチやマウリツィオ・ポリーニ、キャスリーン・バトル、ジェシー・ノーマン、弦楽器ではムスティスラフ・ロストロポーヴィッチといった人たちからも強いインパクトを受けました。ユーディ・メニューインが指揮したときのことも思い出に残っています。当時は今と違って日本のオーケストラが世界のトップ・アーティストと共演する機会は少なかったこともあり、それだけにインパクトも強かったと思います。また、ピアニストのメナヘム・プレスラーさんも脱力を極めていて年をとっても自然な演奏ができました。今日のブッフビンダーさんもそうですが、高齢になってもすべての動きが自然で勉強になりますね。
——40年を契機にこれからどのような活動を目指していきますか?
豊嶋 今、紹介した印象に残る音楽家と同じく、音楽を探求していくことは一生変わることなく、同じレパートリーを何度も繰り返してさらに深めていきたいと思います。その一方で、今まで弾いてこなかった新しいレパートリーも開拓していきたいと思っています。
公演データ
豊嶋泰嗣 演奏活動40周年 コンサート一覧
7月19日(日)おにクル ゴウダホール(大阪)
指揮:松岡 究
アマービレ・フィルハーモニー管弦楽団
ブラームス:大学祝典序曲Op.80
ブラームス:ヴァイオリン協奏曲ニ長調Op.77
ブラームス:交響曲第4番ホ短調Op.98
10月3日(土) 兵庫県立芸術文化センター KOBELCO大ホール(兵庫)
指揮:出口 大地
ピアノ:上野 真
チェンバロ:中野 振一郎
フルート:シン・イェジ
兵庫芸術文化センター管弦楽団
J・S・バッハ:ブランデンブルク協奏曲第5番
ベルク:「室内協奏曲」
ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲ニ長調
【リサイタル】
12月12日(土) 京都府民ホールアルティ
12月14日(月) 浜離宮朝日ホール
12月15日(火) 水戸芸術館
ヴァイオリン:豊嶋 泰嗣
ピアノ:クンウー・パイク
ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ全曲
12月26日(土) 京都府民ホールアルティ
ヴァイオリン&ヴィオラ:豊嶋 泰嗣
ピアノ:上野 真
アルト:山下 裕賀
チェロ:上村 昇
ブラームス:ヴィオラ・ソナタ全曲
ブラームス:アルト、ヴィオラ、ピアノのための「2つの歌」
ブラームス:クラリネット三重奏曲Op.114(ヴィオラ、チェロ、ピアノ版)
みやじま・きわみ
放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。










