東京春祭プッチーニ・シリーズ vol.5「ラ・ボエーム」(演奏会形式)

聴き手を青春へ導く2人の女声と色彩的な管弦楽

プッチーニのオペラを演奏会形式で上演するのは難しい。ピットから出て舞台に上がった編成の大きなオーケストラが、歌手の声をかき消すからだが、ピエール・ジョルジョ・モランディが指揮する東京交響楽団による、音量を巧みに制御した色彩的な管弦楽の前に、その心配は要らなかった。

 

したがって、歌唱が映える。マルコ・カリア(バリトン)のノーブルなマルチェッロも、ボグダン・タロシュ(バス)による低声が黒光りするコッリーネも、叙情性が強調された管弦楽とからんで青春の情緒を醸し出す。

ピエール・ジョルジョ・モランディが指揮する東響が演奏会形式の上演にふさわしい音を鳴らした。歌手は画面左からステファン・ポップ、セレーネ・ザネッティ、マルコ・カリア、リヴュー・ホレンダー、ボグダン・タロシュ(C)飯田耕治/東京・春・音楽祭2024
ピエール・ジョルジョ・モランディが指揮する東響が演奏会形式の上演にふさわしい音を鳴らした。歌手は画面左からステファン・ポップ、セレーネ・ザネッティ、マルコ・カリア、リヴュー・ホレンダー、ボグダン・タロシュ(C)飯田耕治/東京・春・音楽祭2024

少し誤算だったのは、世界的な売れっ子になったステファン・ポップ(テノール)が歌うロドルフォ。冒頭から声が自然に飛ばないので押しがちで、声を守るためか、支えのない声を発する。好調時を知っているだけに残念ではあったが、一定以上の水準ではある。ロドルフォが突出せず、「ボエーム(若き芸術家)」たちの自然な生活情景が映えたともいえる。

 

収穫があったのは女声陣で、ミミを歌ったイタリアの若いソプラノ、セレーネ・ザネッティは潤いある声が自然に響き、美しい倍音をともなって無理なくフォルテに達する。第3幕のロドルフォに別れを告げるアリアなど、悲しい叙情を品よく煽る管弦楽の味方を得て、聴き手の胸に訴える。ムゼッタを歌ったエチオピア生まれのイタリア人、マリアム・バッティステッリ(ソプラノ)も、バネのある声を自在に操り、言葉も美しい。

 

適材適所のすぐれた声がバランスよく配置されているため、第3幕フィナーレの四重唱は絶品。それが憂いを帯びた魅惑的な管弦楽に彩られ、涙腺を刺激される点は、第4幕フィナーレも同様だった。

ウィーン国立歌劇場の元総裁、イオアン・ホレンダー(右)が登場。ムゼッタを歌ったマリアム・バッティステッリ(左)もバネのある美しい歌声を聴かせた(C)飯田耕治/東京・春・音楽祭2024
ウィーン国立歌劇場の元総裁、イオアン・ホレンダー(右)が登場。ムゼッタを歌ったマリアム・バッティステッリ(左)もバネのある美しい歌声を聴かせた(C)飯田耕治/東京・春・音楽祭2024

また、ウィーン国立歌劇場の元総裁で今年89歳になるイオアン・ホレンダーがアルチンドロ役で登場したのには驚いた。それぞれが最低限の演技をし、演出がなくてもこれで十分ではないか、と思うほど想像力が喚起されたことも強調しておきたい。

(香原斗志)
※取材は4月11日(木)の公演

公演データ

東京春祭プッチーニ・シリーズ vol.5
「ラ・ボエーム」(演奏会形式/字幕付)

2024年4月11日(木)18:30、14日(日)14:00東京文化会館 大ホール

指揮:ピエール・ジョルジョ・モランディ
ロドルフォ(テノール):ステファン・ポップ
ミミ(ソプラノ):セレーネ・ザネッティ
マルチェッロ(バリトン):マルコ・カリア
ムゼッタ(ソプラノ):マリアム・バッティステッリ
ショナール(バリトン):リヴュー・ホレンダー
コッリーネ(バス): ボグダン・タロシュ
べノア(バス・バリトン):畠山 茂
アルチンドロ(バリトン):イオアン・ホレンダー
パルピニョール(テノール):安保克則
管弦楽:東京交響楽団
合唱:東京オペラシンガーズ
児童合唱:東京少年少女合唱隊
合唱指揮:仲田淳也
児童合唱指揮:長谷川久恵

Picture of 香原斗志
香原斗志

かはら・とし

音楽評論家、オペラ評論家。オペラなど声楽作品を中心に、クラシック音楽全般について執筆。歌唱の正確な分析に定評がある。著書に「イタリア・オペラを疑え!」「魅惑のオペラ歌手50:歌声のカタログ」(共にアルテスパブリッシング)など。「モーストリークラシック」誌に「知れば知るほどオペラの世界」を連載中。歴史評論家の顔も持ち、新刊に「教養としての日本の城」(平凡社新書)がある。

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