~110~ 現代に蘇る指揮者マーラーの演奏スタイル

ベートーヴェン/マーラー修正版による大編成の第九を聴かせたカーチュン・ウォン&日本フィル (C)飯田耕治
ベートーヴェン/マーラー修正版による大編成の第九を聴かせたカーチュン・ウォン&日本フィル (C)飯田耕治

カーチュン・ウォン&日本フィルハーモニー交響楽団が4月10、11日の東京定期演奏会でベートーヴェン(マーラー「修正版」)交響曲第9番「合唱」を演奏した。今回使用された楽譜は、1900年2月にマーラーがウィーン・フィル相手にウィーン楽友協会ホールでベートーヴェンの「第九」を上演した際のスコア(一部、パート譜も)を基に校訂されたもの(2020年刊行)である。つまり、指揮者マーラーがウィーンでの演奏会のためにスコアに書き込んだアイデアを具現化しようとする試みであった。実際、どういうところが違うのかを述べると、まず、楽器編成が巨大化されている。管楽器は基本的に倍管。オリジナルが2管編成であるので、だいたいが4管になるが、フルート&ピッコロは合わせて6名、ホルンは8名、トロンボーンはそのままだが、チューバが加わる。ティンパニ奏者も要所で2名となる。強弱や表情の変化がオリジナル以上に書き込まれ、ボウイング(弓の上げ下げ)の指定もある。ただし、楽譜の細部(楽器のオクターヴの上げ下げや楽器の重ね方)の相違はあるものの、だいたいはオリジナルが尊重されている。

近年まで、ベートーヴェンの時代の楽器(ナチュラル・トランペットやナチュラル・ホルン)には演奏不可能だったからそうしなかったという理由をつけて、作曲者の楽譜を改変し、モダン楽器であったならそう書いたであろう想定をモダン楽器で演奏するのが慣習となっていた箇所がいくつかあった。たとえば、交響曲第3番「英雄」の第1楽章のクライマックスでのトランペットの高らかな吹奏、交響曲第5番「運命」の第1楽章再現部でのホルンの信号などである。マーラーが「第九」で行ったことはそうした楽器の進化に伴う改変の延長線上にあったとも考えられる。ただし、マーラーが施したことは「修正」というよりは、「デフォルメ」に近い(つまり、演奏上の改善案というよりも、自分なら「第九」をこう演奏したいというもの)。今回の演奏は、ウォンの「第九」というより、指揮者マーラーが「第九」をどう料理しようとしたのかを再現するものとなったといえるだろう。

それに先立つ3月31日に高関健&東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団がマーラーの交響曲第2番「復活」を上演した。この日は、マーラーが生涯最後に「復活」を指揮した1910年4月のパリでの上演のスコアなどの情報に基づく校訂楽譜が使用された。第1楽章の後の休憩はマーラー自身がそうしたように5分以上(この日は20分間!)取られ、第4楽章冒頭の金管楽器のコラールは合唱団よりも後ろの高い位置で吹奏され、また、第5楽章のバンダ(舞台裏でのアンサンブル)の演奏場所も新たな情報を基に再考された。つまり、マーラーが最後に指揮した「復活」の形式をできる限り再現しようという演奏であった。

上記2つの演奏会は、マーラーが指揮者としてどのようなスタイルで演奏をしていたかを現代に蘇らせようとしていたことで通じている。マーラーが書き遺した楽譜をどう解釈するかだけでなく、指揮者マーラーが実際のコンサートホールでどのような演奏を繰り広げようとしていたかを問う試み。これらの〝実験〟を通して、それを擬似体験できたのは非常に興味深かった。

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山田 治生

やまだ・はるお

音楽評論家。1964年、京都市生まれ。87年、慶応義塾大学経済学部卒業。90年から音楽に関する執筆を行っている。著書に、小澤征爾の評伝である「音楽の旅人」「トスカニーニ」「いまどきのクラシック音楽の愉しみ方」、編著書に「オペラガイド130選」「戦後のオペラ」「バロック・オペラ」などがある。

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