NHK交響楽団が今年10月に創立100周年を迎えるが、世界に目を向けると、放送局のオーケストラのいくつかがN響と同時期に創設されている。それもそのはず。世界初のラジオ放送局が米国ピッツバーグで誕生したのは1920年であり、イギリス、フランス、ソビエト連邦でラジオの本放送が始まったのは1922年であった。1923年にベルリンで本放送が開始されると、その年にベルリン放送交響楽団が結成された。1929年にはフランクフルト放送交響楽団が誕生。
1926年にアメリカで全国的なラジオネットワークであるNBCが設立され、1937年にはトスカニーニ率いるNBC交響楽団が創設されることになる。1922年にイギリスでBBCが開局し、1930年にBBC交響楽団(英国初のフルタイム雇用のオーケストラ)が作られた。そのほか、1930年にモスクワ放送交響楽団(現・チャイコフスキー交響楽団)、1931年にトリノ・イタリア放送交響楽団(現・RAI国立交響楽団)、1934年にフランス国立放送管弦楽団(現・フランス国立管弦楽団)が創設されている。
日本では、1925年3月に東京放送局が放送を開始した(続いて、大阪と名古屋の放送局も放送を始めた)。黎明期のラジオ放送において音楽番組は、今よりもずっと重要なコンテンツであった。しかも録音技術の未発達な当時は、すべて生演奏での放送であった。山田耕筰率いる日本交響楽協会(オーケストラ)がその一端を担い、放送局から出演料を受けた。まだ演奏会が少なかった時代、オーケストラは、放送局をスポンサーとして活動を軌道に乗せるしかなかった。それでも、日本交響楽協会は、1926年1月、第1回予約演奏会を開催。
1926年8月、東京放送局が発展的に解消し、日本放送協会が発足。9月には、同協会から助成を受けていた山田耕筰らの日本交響楽協会から、それまでタッグを組んでいた近衞秀麿が離脱し、多くの楽員も近衞と行動を共にした。こうして、1926年10月、近衞と日本交響楽協会を脱退した音楽家たちによって自主運営の新交響楽団が結成された。そこで、引き続き音楽番組の音源を必要とする日本放送協会が新響のスポンサーとなった。新響は翌1927年に第1回予約演奏会(定期公演)を開始した。その後、1942年に、新響と日本放送協会が共同設立者となって財団法人化し、日本交響楽団に改称。そして、1951年に財団法人NHK交響楽団となった(現在は公益財団法人)。
一方、現代のドイツの有力な放送交響楽団の多くは、第二次世界大戦終戦直後に作られた。ナチスの帝国が解体され、ドイツの放送局の地方分権化が進み、それぞれの放送局で自前の音源を確保するためにオーケストラが創設された。つまり、1945年に北ドイツ放送交響楽団(現・NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団)とシュトゥットガルト放送交響楽団(現・SWR交響楽団)、1946年に西ベルリンのRIAS交響楽団(現・ベルリン・ドイツ交響楽団)、1947年にケルン放送交響楽団(現・ケルンWDR交響楽団)、そして1949年にバイエルン放送交響楽団が設立された。放送交響楽団の特徴としては、あらゆるレパートリーに対応するための優れた機能性と柔軟性があげられよう。とりわけ現代音楽の演奏において高い評価を得ている楽団が多い。
やまだ・はるお
音楽評論家。1964年、京都市生まれ。87年、慶応義塾大学経済学部卒業。90年から音楽に関する執筆を行っている。著書に、小澤征爾の評伝である「音楽の旅人」「トスカニーニ」「いまどきのクラシック音楽の愉しみ方」、編著書に「オペラガイド130選」「戦後のオペラ」「バロック・オペラ」などがある。










