ロレンツォ・ヴィオッティ指揮 東京交響楽団 第746回 定期演奏会

緻密で引き締まった高水準の快演

東京交響楽団の10月の定期演奏会。今シーズンから就任した音楽監督ロレンツォ・ヴィオッティの指揮で、J.S.バッハ(齋藤秀雄編)の「シャコンヌ」とショスタコーヴィチの交響曲第10番が披露された。

東響の音楽監督ロレンツォ・ヴィオッティが指揮台に立ち、J.S.バッハ(齋藤秀雄編)の「シャコンヌ」とショスタコーヴィチの交響曲第10番を披露した ⒸT.Tairadate/TSO
東響の音楽監督ロレンツォ・ヴィオッティが指揮台に立ち、J.S.バッハ(齋藤秀雄編)の「シャコンヌ」とショスタコーヴィチの交響曲第10番を披露した ⒸT.Tairadate/TSO

結論から言うと、緻密で引き締まった高水準の快演だった。「シャコンヌ」とショスタコーヴィチの交響曲は、休憩も拍手もなし(拍手しないようアナウンスされた)で続けて演奏された。これには様々な解釈があるだろうが、個人的には、近代的なクラシック音楽の歴史上最初期と最終期の作品を続けることで、ショスタコーヴィチの交響曲第10番が、ソ連的あるいは個人的な意味合いが強い音楽ではなく、あくまで西洋音楽史に連なる器楽曲であることを示す意図を感じた。

実際、細やかで緊迫感に溢れた「シャコンヌ」の後、そのまま続けて(ショスタコーヴィチの交響曲の)同じく3拍子の低音主題が奏された際のトーン持続効果は抜群。ショスタコーヴィチの交響曲も、結局最後までそうした緊張感が維持された。
第1楽章から底しれぬ緊迫感を湛(たた)えた精緻な音楽が続き、クライマックスでは締まった高揚感が表出される。第2楽章は前例がないほどの快速調で豪快に走り切る。第3楽章は、ホルンのエルミーラ音型もDSCH音型も強調され過ぎることなく、必要十分な明確さで打ち出される。第4楽章も勢い任せにはならない、それでいてシャープでダイナミックな音楽が展開される。

細やかで緊迫感に溢れた「シャコンヌ」の後、続けてショスタコーヴィチの交響曲第10番を演奏。最後まで緊張感が維持された ⒸT.Tairadate/TSO
細やかで緊迫感に溢れた「シャコンヌ」の後、続けてショスタコーヴィチの交響曲第10番を演奏。最後まで緊張感が維持された ⒸT.Tairadate/TSO

ショスタコーヴィチの交響曲第10番は、「スターリンの肖像」から「作曲者のエルミーラなる女性への想いの反映」といった見方に変わってきているが、今回はそれらの捉え方を超越した西欧風名作交響曲であることが明示されたと言っていい。
ヴィオッティは、とにかく細部まで目配りの行き届いた(しかも抑揚も十分な)音楽を紡いだ。特筆されるのは、それに応えた東響の高度なパフォーマンス。これまで聴いた中でも最高クラスと思しき出来栄えで、木管─中でもファゴットの福士マリ子─をはじめとする各楽器のソロも素晴らしい。何より同じ動きが交替する際のフレージングやアーティキュレーション、音量や質感がピタリと揃(そろ)っていたことに感嘆させられた。

これを聴いて、ヴィオッティ&東響の今後がますます楽しみになった。
(柴田克彦)

ヴィオッティの細部まで目配りの行き届いた音楽づくりと、それに応えた東響の高度なパフォーマンスに感嘆させられた ⒸT.Tairadate/TSO
ヴィオッティの細部まで目配りの行き届いた音楽づくりと、それに応えた東響の高度なパフォーマンスに感嘆させられた ⒸT.Tairadate/TSO

公演データ

東京交響楽団 第746回 定期演奏会

10月11日(日)14:00サントリーホール 大ホール

指揮:ロレンツォ・ヴィオッティ
管弦楽:東京交響楽団
コンサートマスター:景山 昌太郎

プログラム
J.S.バッハ(齋藤秀雄編):シャコンヌ
ショスタコーヴィチ:交響曲 第10番 ホ短調 Op.93

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柴田克彦

しばた・かつひこ

音楽マネジメント勤務を経て、フリーの音楽ライター、評論家、編集者となる。「ぶらあぼ」「ぴあクラシック」「音楽の友」「モーストリー・クラシック」等の雑誌、「毎日新聞クラシックナビ」等のWeb媒体、公演プログラム、CDブックレットへの寄稿、プログラムや冊子の編集、講演や講座など、クラシック音楽をフィールドに幅広く活動。アーティストへのインタビューも多数行っている。著書に「山本直純と小澤征爾」(朝日新書)。

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