ルイージのオペラ指揮者としての手腕が存分に発揮された表情豊かな「トスカ」
NHK交響楽団の創立100年とサントリーホールの開館40年を記念したプッチーニ「トスカ」の演奏会形式上演を取材した。指揮はN響首席指揮者のファビオ・ルイージ。
欧米ではオペラ指揮者としても名高いルイージが2022年9月にシェフに就任以来、N響とオペラの全曲演奏に取り組むのは初めて。その演目がオーケストラも重要な役割を担う「トスカ」とあって開演前から聴衆の期待感がホール全体を包んでいるような高揚した空気が感じられた。そんな期待に応えるかのようにルイージは気迫にあふれた指揮ぶりで歌手、合唱、オケを見事にまとめ上げ、演者全員が混然一体となった劇空間を創出した。
第1幕、トスカが初めて登場する場面。第2幕の有名なアリア「歌に生き、愛に生き」の旋律をオケが奏でるのだが、歌手とオケの音量バランスが絶妙にコントロールされ美しい響きが醸成される。弦楽器による主旋律だけに重きを置かずに木管の3連符の伴奏もクリアに聴かせることで響きに立体感が生み出されたことによる美しさといえよう。カヴァラドッシが描く女性画のモデルがアッタヴァンティ侯爵夫人であることにトスカが気付くシーンでは「愛のモティーフ」と「アンジェロッティの動機」の交錯が表情豊かに演奏されトスカの嫉妬心がオケによって雄弁に物語られた。
第1幕終盤のテ・デウムも含めてよい意味でシンフォニックではない音楽作りが何より印象に残った。規則的な拍動に乗って音楽を進めるのではなく、テンポの緩急、時には音符の長さも自在に伸縮させて、歌に寄り添っていく運びはルイージのオペラ指揮者としての手腕の高さを示すもの。シンフォニー・オケであるN響が柔軟にルイージの要求を実現させていたのも見事であった。第3幕、カヴァラドッシのアリア「星は光りぬ」前半のクラリネット首席(松本健司)の繊細なソロも歌に負けない説得力が感じられた。
題名役はロシア出身のソプラノ、エレーナ・スティッキーナ。ウィーン国立歌劇場やパリ国立オペラなどで同役を歌い成功を収めているだけに、役の心情を掘り下げた歌唱を披露。特に「歌に生き…」では必要以上に声を張って自らの実力を誇示するのではなく、トスカの絞り出すような苦衷を深い共感をもって表現し、万雷の喝采を集めていた。敵役スカルピアはイタリア出身のアンブロジオ・マエストリ。豊かな声量を巧みに操り、狡猾(こうかつ)というよりは巨悪のような雰囲気のスカルピアを描き出した。
カヴァラドッシのリッカルド・マッシは伸びのある声で愚直にトスカへの愛と政治的信条を貫こうとする若者というような役作り。第2幕、この3人によるやり取りは緊張感みなぎる迫真の展開となり、物語の世界に強く引き込まれた。妻屋秀和(アンジェロッティ)ら日本人キャストも求められる水準を十分に満たす歌唱で公演の成功に貢献していた。
演奏会形式ではあるが、歌と演奏が融合し、その場の情景が脳裏に浮かぶ記念公演にふさわしい上質なステージに仕上がった結果、終演後には客席から盛大な喝采とブラボーが沸き起こった。
(宮嶋 極)
公演データ
N響100周年&サントリーホール40周年
ファビオ・ルイージ指揮 プッチーニ:オペラ「トスカ」(演奏会形式)
10月10日(土)16:00 サントリーホール 大ホール
指揮:ファビオ・ルイージ
トスカ:エレーナ・スティッキーナ
カヴァラドッシ:リッカルド・マッシ
スカルピア男爵:アンブロジオ・マエストリ
アンジェロッティ:妻屋秀和
教会の番人:井出壮志朗
スポレッタ:糸賀修平
シャルローネ:藪内俊弥
看守:畠山茂
合唱:東京オペラシンガーズ(合唱指揮:仲田淳也)
児童合唱:NHK東京児童合唱団
羊飼い:菅原京生
管弦楽:NHK交響楽団
コンサートマスター:長原幸太 郷古廉
プログラム
プッチーニ:オペラ「トスカ」(演奏会形式)
全3幕(イタリア語上演/日本語字幕付)
他日公演
10月12日(月・祝)16:00 サントリーホール 大ホール
みやじま・きわみ
放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。










