京都と日本を感じさせてくれた沖澤のどか指揮京都市響 定期演奏会
京都市交響楽団の7月の定期は常任指揮者、沖澤のどかの指揮で同響がかつて委嘱した日本人作曲家の作品と、沖澤が得意とするフランスものからジャポニズムに触発されて創作されたラヴェルとドビュッシーの作品が披露された。
1曲目、林光の「吹きぬける夏風の祭」は1985年に京響の委嘱によって作曲され、小林研一郎の指揮で初演された作品。タイトルの祭とは折しも現在開催中の祇園祭のこと。簡単に説明すると、祭に関わる人々の暮らしや息遣い、祭が呼び覚ます今は亡き人たちの幻影などが交錯し、それらが風となって路地裏から目抜き通りに吹き抜けるさまを描いたのものという。20世紀後半の作品にしては無調音楽ではなく、旋律が比較的聴き取りやすく作られている。沖澤は祭の生き生きとした躍動感と、どこか神秘的な雰囲気をうまく融合して表現していた。
2曲目は吉松隆のファゴット協奏曲「一角獣回路」で客席には作曲者の姿も。1988年にデヴィッド・シャローンの指揮で初演された。一角獣とは西洋のユニコーンではなく、祇園祭で山鉾巡行の先頭を行く長刀鉾のてっぺんに飾られる聖獣を表している。ソリストはウィーン・フィルの首席ファゴット奏者で、指揮者としても活動の幅を広げ注目を集めているソフィー・デルヴォー。ファゴット奏者にとってはスーパーテクニックを必要とする難曲であるが、デルヴォーは速く細かなパッセージでも全く綻びを見せることなく、易々と吹き進めていく。全ての音域において音量の強弱幅が広く、弱音箇所での繊細な表現をしっかりと聴かせた一方で、オーケストラが大音量で鳴っても、決してかき消されることなく太く柔らかなサウンドを響かせた。日本的な旋律も自然に演奏され、多彩な表現力を遺憾なく発揮してみせた。
なお、前半2曲を通して京都の四季が描き出される凝った構成になっていた。
後半はジャポニズムに触発されて創作されたラヴェルとドビュッシーの作品。沖澤が得意とするフランスの管弦楽作品であるが、普段はあまり聴き取れない主旋律の裏で鳴っている音型やサウンドによって全体の響きが構築されていることが手にとるように伝わってくるのが面白かった。最近流行の内声部をスケルトンのように際立たせるのではなく、油画のような響きの作り方ではなく、水彩画のようなタッチというのであろうか、これも沖澤のセンスのなせる業なのかもしれない。随所でテンポの緩急を付けながら沖澤らしいメリハリの利いた演奏に仕上がっていた。
また、この日のコンマスは石田組長こと石田泰尚。彼がリードする弦楽器セクションのサウンドは煌(きら)めくような美しさで、東京のオーケストラとはひと味違った京都市響ならではの魅力に溢れたものであった。
(宮嶋 極)
公演データ
京都市交響楽団 第713回定期演奏会
7月10日(金)19:00 京都コンサートホール 大ホール
指揮:沖澤 のどか
ファゴット:ソフィー・デルヴォー
管弦楽:京都市交響楽団
コンサートマスター:石田 泰尚
プログラム
林光:吹きぬける夏風の祭(1985年度京都市委嘱作品)
吉松隆:ファゴット協奏曲「一角獣回路」(1988年度京都市委嘱作品)
ラヴェル:「鏡」(管弦楽版)から「海原の小舟」「道化師の朝の歌」
ドビュッシー:交響詩「海」
アンコール
M・アラール:パガニーニの主題による変奏曲より(ソリスト)
他日公演
7月11日(土)14:30 京都コンサートホール 大ホール
みやじま・きわみ
放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。










