シューベルトに惜別の念を込めて――比類なき彫琢の深さで聴衆を魅了
ハーゲン・クァルテットのフェアウェル・コンサートが続いている。日本では昨年11月の前段に続く後段となる。室内楽向けの小ホールが中心だが、より多くのファンに最後の姿を届けたいという配慮だろう、2000席規模のミューザ川崎シンフォニーホール(舞台後方の客席は閉鎖)で、オール・シューベルトの一夜が催された。
今回のツアーでは奏者を一人加えた五重奏曲が2作品、用意され、期待の新鋭を共演に迎える粋な計らいが実現した。当夜は、ことし5月のエリザベート王妃国際音楽コンクールに入賞した北村陽を、弦楽五重奏曲ハ長調D956の第1チェロに据えた。
オーストリアのザルツブルク出身の当団にとって、シューベルトはルーツにかかわる重要な存在。前半では弦楽四重奏曲第13番「ロザムンデ」を取り上げた。昨秋も最後の第15番を披露し、ひたひたと寂寥感が迫り胸を締め付ける凄演で圧倒されたのを思い出す。
当団の奏風は活動停止を前に大きく変化した。一世を風靡したシャープなエッジの効いたモダンな造形よりも、肩の力を抜いて弱音のニュアンスに集中する柔軟なパターンへ深化した。「ロザムンデ」も前日のフィリアホール(横浜市)公演では超弱音が多用されたが、当夜は会場サイズに合わせて調整された。演奏の身ぶりや音量が大きくなることで、音楽はダイナミックな伸びやかさを増し、振れ幅が広がった。しかも彫琢の深さは比類がない。
第1楽章から惜別の念を映す丁寧な歌い込みと、手厚いハーモニーで聴き手を揺さぶる。柔らかな流動感で名旋律を奏でた第2楽章を経て第3楽章に入ると、わびしさと奥深い陰影がいっそう強まる。一瞬、長調に転じる中間部は残照の輝きを見るよう。明暗が交錯する終楽章では響きのニュアンスが詳細に吟味され、練り上げられた古典的格調が漂う。最後の日本ツアーで、この作品を演目の柱に据えた意気込みが、よく分かる。
後半の弦楽五重奏曲では同団が主導権を握って、外声部を受け持つ北村をスムーズに包み込み、「ロザムンデ」以上に攻めた弱音で耳目を引いた。北村は持ち前の美音で先輩たちのアンサンブルに溶けこみ、非凡なセンスをみせた。叙情が沈潜する第2楽章アダージョの結びでは、全員が織り成すぴんと張りつめたピアニッシモの緊張感に、客席全体が息をのんだ。第3楽章プレストでは豪放な解放感が高まり、弾力的な躍動をたたえたシンフォニックな終楽章を含め、弱音部との対比やメリハリが際立った。
この後に控える7日の最終公演では、ピアノの気鋭、谷昴登と共に、シューマンのピアノ五重奏曲をTOPPANホールで披露することになっている。余力を残しての幕引きは、当団らしい美学なのだろう。
(深瀬満)
公演データ
ハーゲン・クァルテット with 北村陽
7月5日(日) 19:00ミューザ川崎シンフォニーホール
弦楽四重奏:ハーゲン・クァルテット
第1ヴァイオリン:ルーカス・ハーゲン
第2ヴァイオリン:ライナー・シュミット
ヴィオラ:ヴェロニカ・ハーゲン
第2チェロ:クレメンス・ハーゲン
第1チェロ:北村 陽
プログラム
シューベルト
:弦楽四重奏曲第13番 イ短調 Op.29-1,D804 「ロザムンデ」
:弦楽五重奏曲 ハ長調 Op.163,D956
他日公演
7月6日(月)、7日(火)19:00TOPPANホール
※出演者、プログラムの詳細はホールの公式サイトをご参照ください。
https://www.toppanhall.com/concert/series/hagen.html
ふかせ・みちる
音楽ジャーナリスト。早大卒。一般紙の音楽担当記者を経て、広く書き手として活動。音楽界やアーティストの動向を追いかける。専門誌やウェブ・メディア、CDのライナーノート等に寄稿。ディスク評やオーディオ評論も手がける。










