ピュアで美しい音楽と舞台はすべての細部に神が宿っていた
この心地よさの理由はなにか。上演中ずっと考え、おぼろげながら辿(たど)り着いた結論は、このオペラのあり方が、私たちの日ごろの居場所に近いから、というものだった。
オペラは紛れもなく西洋の芸術で、だから基本的にキリスト教の、すなわち一神教の精神が貫かれている。一方、「TEA」にはそれがない。構成するあらゆる要素が、それぞれが神であるかのように存在感を放ちながら、ゆるやかに並立している。それは森羅万象に神を見出し、仏さえもそこに結びつけてきた日本人の感性と親和性が高いように思えた。
シャーウッド・フーが演出した、船に見立てられた舞台では、東京フィルの楽員たちも白い衣装で舞台と一体化している。彼らの動作も譜面をめくる音さえもオペラの一部である。3人のパーカッショニストも同様で、彼女たち自身が舞台を構成しつつ、ガラスボールに入った水の音も、紙を破る音も、楽器としてオーケストラに融合させる。オペラに巻き込まれたこうした細部の一つひとつが、神が宿るかのように息づいて、そう感じるたびに、東洋の感性によってオペラという芸術がすっかり咀嚼(そしゃく)されていると思えた。
そもそも、オーケストラと歌手が同じ舞台上にいて、それを客席が取り囲む「ホール・オペラ®」の形式自体が東洋的だ。それは古代ギリシャの演劇にも似ているが、古代ギリシャも多神教だった。
9世紀の京都と中国が舞台。唐の時代の茶に関する知識が網羅された「茶経」を探し求める物語で、のちに高僧になる日本の皇子〝聖嚮(せいきょう)〟は、唐の皇女〝蘭〟と愛し合うが、蘭の弟の皇子が「茶経」を奪おうとして争いが起き、制止に入った蘭は弟の剣に倒れ、聖嚮は現世を捨てる。
物語に貫かれているのは愛で、それを象徴してメロディーは一貫してピュアで美しい。水や紙や陶器の音を抱合しながら、神秘性を湛(たた)えつつ、詩的な美しさが届けられる。特に冒頭で強調された水の音の澄んだ響きが、茶の世界から愛の純粋性まで、「TEA」の世界を象徴しているようで、そこに心地よくいざなわれた。それになにより、作曲者のタン・ドゥンみずからの指揮だから、精神的な深みが増すとともに、見えるものと聴こえるもののすべてが統合され、調和する感覚が得られた。
ピュアで美しい音楽には濁った声は似合わない。その点ですべての歌手が適役だった。聖嚮役のマーテー・ヘルツェグの一途な純粋性。蘭役のルーシー・フィッツ・ギボンの可憐にして自在な表現。唐の皇子役の石井基幾は叙情的で滑らか。皇帝役のアポロ・ウォンは威厳があって温かい。「茶経」の著者〝陸羽〟の娘役のイン・デンは美声による意志的な表現。すべての声は言葉にもリズムにも注意が行き届き、音楽が心に響くのを助けた。
すべての細部が大事にされた結果、心が動かされる――。そんな体験を通して湧き上がったのは、世界を構成する細部がこうして愛おしく感じられれば、紛争など起きないはずなのに、という思いだった。
(香原斗志)
公演データ
サントリーホール開館40周年記念 ホール・オペラ®
タン・ドゥン「TEA~茶は魂の鏡~」
7月3日(金) 19:00サントリーホール 大ホール
指揮:タン・ドゥン
演出:シャーウッド・フー
聖嚮(日本の高僧):マーテー・ヘルツェグ
蘭(唐の皇女):ルーシー・フィッツ・ギボン
唐の皇子:石井基幾
唐の皇帝:アポロ・ウォン
陸(陸羽の娘):イン・デン
僧侶たち:新国立劇場合唱団
3人の打楽器奏者:チェンチュー・ロン/稲野珠緒/神田佳子
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
プログラム
タン・ドゥン:オペラ「TEA ~茶は魂の鏡~」
(全3幕・日本語&英語字幕付)
他日公演
7月4日(土) 17:00サントリーホール 大ホール
かはら・とし
音楽評論家、オペラ評論家。オペラなど声楽作品を中心に、クラシック音楽全般について執筆。歌唱の正確な分析に定評がある。著書に「イタリア・オペラを疑え!」「魅惑のオペラ歌手50:歌声のカタログ」(共にアルテスパブリッシング)など。「モーストリークラシック」誌に「知れば知るほどオペラの世界」を連載中。歴史評論家の顔も持ち、新刊に「教養としての日本の城」(平凡社新書)がある。









