新国立劇場2025/2026シーズン リヒャルト・シュトラウス「エレクトラ」(新制作)

3人の女声歌手が核となり描かれた呪いとトラウマの連鎖

新国立劇場が2025/26シーズン最後の出し物として、リヒャルト・シュトラウスの傑作、「エレクトラ」を新演出で取り上げた。指揮は芸術監督の大野和士みずから担い、演出には欧州で頭角を現すヨハネス・エラートが招かれた。ギリシャ悲劇を基にした復讐劇で強大なオーケストラがさく裂するゆえ、演奏会形式での公演も多いが、キャストのそろった舞台は印象の度合いがいちだんと深くなる。

ヨハネス・エラート演出、リヒャルト・シュトラウス「エレクトラ」 
ヨハネス・エラート演出、リヒャルト・シュトラウス「エレクトラ」 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場

原動力は核となった3人の女声歌手だ。殺人者たる母クリテムネストラ(藤村実穂子)、その娘で復讐者のエレクトラ(アイレ・アッソーニ)、そして妹のクリソテミス(ヘドヴィグ・ハウゲルド)と、今回は人を得た。さらに復讐を果たす弟オレスト(エギルス・シリンス)が舞台の厚みに貢献し、それぞれが振り分けられた性格を十全に描き切った。

左からエレクトラ(アイレ・アッソーニ)、クリテムネストラ(藤村実穂子)、クリソテミス(ヘドヴィグ・ハウゲルド) 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場

欧州で着実にキャリアを伸ばし、題名役でも評判を取るエストニア出身のアッソーニは、父殺しの復讐に燃える激しい役どころを緩急豊かに演じ、強じんな声の色合いを感情の波へ巧みにアジャストしていく。本場で場数を踏んだ強みを生かし、出ずっぱりの舞台を余裕あるスタミナで乗り切った。ドラマティック・ソプラノの系譜に新たな逸材が現れた。

これに比肩するダイナミックな歌唱を披露したのが、妹役でノルウェー出身のハウゲルド。芯の強い浸透力ある声質と豊富な声量で、姉に負けない迫力ある役作りをアピールした。若くてリリックな性格にふさわしい旬の輝きに目を見はった。対する母親役の藤村もベテランらしい存在感を発揮。緊迫した母子対決に、ダークな艶を帯びた声質と明確なディクションで臨み、作品を深くそしゃくして憑依感の凄みを漂わせた。オレスト役のシリンスは、ワーグナーでも定評ある威厳に満ちた包容力ある声で、ストーリーの幅を広げた。

アッソーニ(右)が復讐に燃える題名役を緩急豊かに演じるいっぽう、母親役の藤村(左)は、作品を深くそしゃくして憑依感の凄みを漂わせた 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場

もともと音楽家を志していたエラートの演出は、復讐劇の基にある呪いとトラウマの連鎖に着目し、心理的な要素が濃い。音楽の邪魔をする余分な読み替えはない。三方を囲んだ閉鎖的な空間で劇が進行し、奥の壁は映写や投影(父親のシルエットなど)のほか鏡の役割でも使われる。題名役は黒、母親は赤、妹はピスタチオと、衣裳の色が登場人物の性格を象徴的に示した。3か所のブランコや上下するシャンデリア、白塗りした喜劇役者風の脇役など、意味ありげなしつらえが頻出する。

3か所のブランコや上下するシャンデリアなど、意味ありげなしつらえが頻出した 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場

大野は今シーズンの新演出として、ベルクの「ヴォツェック」(昨年11月)に本作と20世紀オペラの精華を並べ、自身で指揮台に立った。それだけ意気込みは強く、解釈も堂に入ったもの。複雑なスコアを手際よく処理し、熱っぽいドラマを引き出した。敢闘賞の東京フィルともども上演回数を重ねれば、さらに演奏の密度が増すことだろう。

(深瀬 満)

大野和士指揮、東京フィルの演奏が熱っぽいドラマを引き出し、心理的な要素の濃い演出を見事に支えた
大野和士指揮、東京フィルの演奏が熱っぽいドラマを引き出し、心理的な要素の濃い演出を見事に支えた 撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場

公演データ

新国立劇場2025/2026シーズン
リヒャルト・シュトラウス「エレクトラ」(新制作)

6月29日(月)19:00新国立劇場オペラパレス

指揮:大野和士
演出:ヨハネス・エラート
美術:ハイケ・シェーレ
衣裳:ノエル・ブランパン
照明:オラフ・フレーゼ
映像:ビビ・アベル

クリテムネストラ:藤村実穂子
エレクトラ:アイレ・アッソーニ
クリソテミス:ヘドヴィグ・ハウゲルド
エギスト:工藤和真
オレスト:エギルス・シリンス
オレストの養育者:斉木健詞
クリテムネストラの腹心の侍女:中村真紀
クリテムネストラの裳裾持ちの女:杉山由紀
若い下僕:糸賀修平
年老いた下僕:河野鉄平
監視の女:森谷真理
第1の下女:金子美香
第2の下女:谷口睦美
第3の下女:清水華澄
第4の下女:髙橋絵理
第5の下女:田崎尚美

合唱指揮:冨平恭平
合 唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

プログラム
リヒャルト・シュトラウス:オペラ「エレクトラ」(新制作)
全1幕(ドイツ語上演/日本語及び英語字幕付)

他日公演
7月2日(木)、5日(日)、8日(水)、12日(日)
14:00新国立劇場オペラパレス

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深瀬 満

ふかせ・みちる

音楽ジャーナリスト。早大卒。一般紙の音楽担当記者を経て、広く書き手として活動。音楽界やアーティストの動向を追いかける。専門誌やウェブ・メディア、CDのライナーノート等に寄稿。ディスク評やオーディオ評論も手がける。

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