際立つ細部と鮮やかな統合 亀井のピアノも輝いた
150年の伝統を誇るドレスデン・フィルが、2025/26シーズンから首席指揮者を務める71歳のラニクルズに率いられて来日。重厚ないわゆるドイツの音を思い描いていて、その想像が外れたわけではないのだが、強く印象に残ったのは、むしろしなやかな柔軟性だった。
前半はベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」で、ソリストは2022年のロン=ティボー国際音楽コンクールの覇者、亀井聖矢。冒頭から華麗なソロがスリリングに奏され、引き込まれる。優雅な指使いだが、芯がしっかりしており、高音が鮮やかに響きつつ、ピアノもフォルテも安定している。第2楽章のアダージョでは繊細なやさしさに転じ、ピアニッシモが美しい。一方、勇壮な終曲には、Z世代らしいといえばいいのか、どこか個人主義的な勢いが感じられた。良くも悪くも、桎梏(しっこく)を突破するようなおもしろさがあった。
ラニクルズは、テンポを自在に繰りながら、やさしい音をピアノに絡め、そのまま高揚させる。歌劇場での経験が豊富なだけに、亀井に自由に弾かせながら、音楽を地に付ける手腕が巧みである。
ソリストのアンコールはリスト「ラ・カンパネッラ」。たしかなテクニックで急速かつ鮮やかなトリルを、歌心も豊かにはつらつと奏した。
後半はマーラーの交響曲第1番「巨人」。一言でいえば、細部と全体がともに充実し、両者のバランスが恐ろしくとれた演奏だった。もっとも驚かされたのは、メロディやハーモニーを構成する一つひとつの音が、あらゆる部分で際立っていることだった。複雑な内声部が終始、とても緻密に浮き立つ。どんな細部も活性化し、弱音が生命を帯びている。その結果、和声の進行や音楽の構造が耳に伝わる。
そして、一つひとつの構成要素はこうして際立ったまま、見事に統合されて勢いを帯び、推進する。その音は重厚というよりは透明で、芳醇な弦に、重心が低く深みがある管楽器のアンサンブルが加わって躍動する。常に明晰なまま緊迫し、なおかつしなやかで生命力豊か。聴いていて息もつけなかった。
緩急自在のしなやかさは、アンコールのブラームス「ハンガリー舞曲」第5番でも発揮された。
(香原斗志)
公演データ
ドナルド・ラニクルズ指揮 ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団
6月22日(月) 19:00東京芸術劇場 コンサートホール
指揮:ドナルド・ラニクルズ
管弦楽:ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団
ピアノ:亀井聖矢
プログラム
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲 第5番「皇帝」変ホ長調Op.73
マーラー:交響曲 第1番「巨人」ニ長調GMW11
ソリスト・アンコール
リスト:ラ・カンパネッラ
アンコール
ブラームス:ハンガリー舞曲 第5番
他日公演
6月23日(火)19:00ミューザ川崎シンフォニーホール
6月26日(金)19:00文京シビックホール 大ホール
6月27日(土)14:00所沢市民文化センター ミューズアークホール
※プログラム等の詳細は、各ホールの公式サイトをご参照ください。
かはら・とし
音楽評論家、オペラ評論家。オペラなど声楽作品を中心に、クラシック音楽全般について執筆。歌唱の正確な分析に定評がある。著書に「イタリア・オペラを疑え!」「魅惑のオペラ歌手50:歌声のカタログ」(共にアルテスパブリッシング)など。「モーストリークラシック」誌に「知れば知るほどオペラの世界」を連載中。歴史評論家の顔も持ち、新刊に「教養としての日本の城」(平凡社新書)がある。










