ユンチャンがザルツブルクの名門室内オーケストラと奏でた充実のモーツァルト
4年前のヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールに史上最年少優勝してスターピアニストの仲間入りを果たしたイム・ユンチャンが、ザルツブルクの名門室内オーケストラと鈴木優人の指揮でオール・モーツァルト・プログラムを披露。3曲とも1786年の作でモーツァルト自身がピアノを弾いて初演。2つの協奏曲は同主調関係、第25番とコンサート・アリアは「イドメネオ」と関連を持つなど含蓄のある選曲だ。
カメラータ・ザルツブルクは6型対向配置。ピアノ協奏曲ハ長調第25番の第1楽章冒頭、バルブのないトランペットと硬いマレットのティンパニの鋭いアタックが、気概のこもった弦のトゥッティのサウンドとリズムをぐっと引き締め、コンサートの幕開けを高らかに告げる。ソロは良く通る明るい魅力的な音色で表情豊か。オーケストラは強弱や明暗の対照を大きくとって劇的。一人一人の自発的な演奏に名匠ヴェーグが築き上げたスピリットが生きている。鈴木優人はそんな個性豊かなオーケストラとソリストをきめ細やかな気配りで一つの方向にもっていく。ソロの鮮やかな名人芸、展開部の次々と表情を変えるパッセージがすばらしい。カデンツァは古典的なスタイル。後で確認したらグルダのものだという。第2楽章は柔らかなサウンドと穏やかな情感に満ち、ソロとオーケストラのメンバーの交わし合う音楽的な対話が美しい。終楽章はやわらかなリズムが快く、ソロは軽やかで優美、愉悦とスピリットに富む。
後半はユンチャンのピアノを加えたコンサート・アリアから。イム・ソンヘは昨年4月にヤーコブスと古楽器のビー・ロック・オーケストラと来日してヘンデルの「時と悟りの勝利」を歌い、可憐な美声によるコロラトゥーラがすばらしかった。今回はより大きな音のモダンのオーケストラとの共演だからか、表現が前に出きれないもどかしさが感じられたが、ユンチャンのピアノらと築き上げる弱音の世界が心に残る。
そして協奏曲ハ短調第24番。第1楽章の弦のユニゾンの出だしは徹底して抑制され、フォルテの和音は小編成とは思えない迫力だ。ソロは磨き抜かれたタッチで繊細な表情を見せ、束の間のモノローグのよう。オーケストラとともにほどよい緊張感のなかでメリハリの効いた強弱や転調や和声のうつろいが示される。カデンツァは後期ロマン主義的なテイストで燃焼度が高い(こちらはエトヴィン・フィッシャー作)。第2楽章は安らぎに満ち、ピアノや各楽器間で引き継がれる主題は比類のない美しさ。終楽章も総じて自然で誇張がなく、変化に富んだ音楽の充実の秀演だった。
アンコールはソンへがユンチャンのピアノで「夕べの想い」を歌い、静かで甘美、詩的なひと時を味わった。ユンチャンはリート伴奏者としての活躍も期待できそう。
(那須田 務)
公演データ
イム・ユンチャン × カメラータ・ザルツブルク 鈴木優人 指揮
6月9日(火) 19:00東京芸術劇場コンサートホール
ピアノ:イム・ユンチャン
ソプラノ:イム・ソンヘ
指揮:鈴木優人
室内オーケストラ:カメラータ・ザルツブルク
プログラム
モーツァルト
:ピアノ協奏曲第25番 ハ長調 K.503
:コンサート・アリア「どうしてあなたを忘れられようか~恐れないで愛しい人」K.505
:ピアノ協奏曲第24番 ハ短調 K.491
アンコール(ソプラノ、ピアノ)
モーツァルト:「夕べの想い」K.523
他日公演
6月11日(木)19:00サントリーホール 大ホール
なすだ・つとむ
音楽評論家。ドイツ・ケルン大学修士(M.A.)。89年から執筆活動を始める。現在『音楽の友』の演奏会批評を担当。ジャンルは古楽を始めとしてクラシック全般。近著に「古楽夜話」(音楽之友社)、「教会暦で楽しむバッハの教会カンタータ」(春秋社)等。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。










