シルヴァン・カンブルラン指揮 京都市交響楽団 第711回定期演奏会

カンブルランの明確な采配のもと、一糸乱れぬ集中力で大曲を弾き切る

幅広いレパートリーで精力的な活動を展開するカンブルランは、日本でも読売日本交響楽団の常任指揮者を経て、現在同楽団の桂冠指揮者として活動を続ける一方、国内のさまざまなオーケストラとも共演を重ねてきた。京都市交響楽団もその1つで、今回はマーラーの「交響曲第6番」を演奏。2日にわたる公演の初日を聴いた。

シルヴァン・カンブルランが京都市交響楽団とともに大曲、マーラーの交響曲第6番を披露した ©京都市交響楽団
シルヴァン・カンブルランが京都市交響楽団とともに大曲、マーラーの交響曲第6番を披露した ©京都市交響楽団

編成はホルンの8人をはじめ、ほぼ作曲者の指示通り。客演奏者も含め、総勢100人を超えるメンバーが、カンブルランの明確な采配のもと、一糸乱れぬ集中力で大曲を弾き切った。弦の響きものびやかで美しい。

第1楽章は、速すぎもせず、遅すぎもしない、まさに中庸なテンポで重厚さが際立った。他の楽章が比較的速めのテンポで進められ、中には第3楽章のように、ときに理論を飛び越えて、鳴り響く音に身体が直接反応するような、身体感覚が前面に出る場面があっても、作品全体の印象が揺らがないのは、ソナタ形式の構成感をしっかり捉えた、この重厚な第1楽章の演奏が全体の柱となって支えているからだろう(そう思ったのはすべての演奏が終わってからだったが)。

総勢100人を超えるメンバーが出演。重厚な第1楽章が曲全体の柱になっているように感じられた ©京都市交響楽団
総勢100人を超えるメンバーが出演。重厚な第1楽章が曲全体の柱になっているように感じられた ©京都市交響楽団

第2楽章は、美しくもややあっさりした印象。ちなみにマーラーの「第6番」には、長年2つの中間楽章、つまりアンダンテとスケルツォの楽章の順番問題が存在するが、この日は近年発表された国際マーラー協会の見解をふまえ、第2楽章がアンダンテ、第3楽章がスケルツォの順で演奏された。全体として叙情豊かな演奏ではあったが、1つ贅沢(ぜいたく)な欲を言えば、管楽器のソロなどでは、叙情性から1歩踏み込んで、マーラー独特の物語性に寄り添うような、イメージ豊かな音を聴いてみたいとも思った。

第3楽章はまさに舞踏。開演前のプレトークで、カンブルランが「ダンス」と表現した通り、ときに野性的、ときにエレガントなダンスがカラフルな音色で自由自在に繰り広げられ、さまざまなモチーフが次々と登場しても、破綻することなく熱量を上げていく。

そして、その熱量を維持したまま第4楽章へ。タイトルの「悲劇的」よりも、この作品が、作曲家として、また人間としても脂の乗りきった壮年期に書かれた事実を実感させるエネルギッシュな演奏で、曲が進むごとに集中力、熱量が増していった。長大な楽章でさまざまなモチーフや要素が登場するも、終始自然な流れで、ぐいぐいと前へ進めていくカンブルランの手腕はやはり見事。結果として、息をつく間も与えない熱演となった。
(堀内みさ)

第4楽章のハンマー打撃 ©京都市交響楽団
第4楽章のハンマー打撃 ©京都市交響楽団
熱演を披露したカンブルランと京響のメンバーが盛大な拍手に応えた ©京都市交響楽団
熱演を披露したカンブルランと京響のメンバーが盛大な拍手に応えた ©京都市交響楽団

公演データ

京都市交響楽団 第711回定期演奏会

5月15日(金)19:00京都コンサートホール 大ホール

指揮:シルヴァン・カンブルラン
管弦楽:京都市交響楽団
コンサートマスター:泉原 隆志

プログラム
マーラー:交響曲 第6番 イ短調「悲劇的」

他日公演
5月16日(土)14:30京都コンサートホール 大ホール

Picture of 堀内 みさ
堀内 みさ

ほりうち・みさ

音楽ライター。文筆家。20代から30代にかけて、毎年1カ月ほどバックパッカーでヨーロッパを旅し、主に立ち見でコンサートを聴きまくっているうちに、気がつけば物書きに。モットーはフィールドワークで、作曲家ゆかりの地を巡る連載なども担当。著書に「ショパン紀行」(東京書籍)「ブラームス『音楽の森へ』」(世界文化社)など。日本の音楽や伝統文化についての執筆を行う一面も。

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