辻󠄀井の「第3の目」を通して開かれる、新しい感性の魅惑
音楽と絵画は深い関係がある。特に「印象派」の時代は、音楽や美術、文学のアーティストがジャンルを超えて交わっていた。だからこの時代がテーマなら音楽と美術を結びつけるのは必然なのだが、それを実現しているイベントはあまりない。
辻󠄀井伸行「音楽と絵画コンサート〝印象派〟」は、その試みのまれな成功例である。辻󠄀井がピアノを弾いている間、その作品に関連づけられた絵画が背景に投影される形式で、時に壁や天井への照明も活用される。2016年に「ピアノ×アート」として第1弾が開催され、2019年からは今回と同じ「印象派」をテーマに、毎回完売の人気公演となっている。今回、その理由がつくづく理解できた。
ポイントはいくつかあるが、まずは曲と絵画のカップリングの面白さである。マネジメントの内外スタッフで構成される制作チームが選定しているそうだが、必ずしも一般的に関係性があるとされる組み合わせではなく(例えばモネの「ルーアン大聖堂」はよくドビュッシーの「沈める寺」と結び付けられる)、より音楽の内容に沿って、自由に選ばれている。またクリムト、クレーなど「印象派」から外れる作品も少なくないが、時代はほぼ同じで、印象派どうよう、芸術がジャンルを超えて交わっていた時代、国の人々である点で共通する。曲の起伏に合わせてクローズアップが駆使されるのも効果的だ。
だが最大の美点は、いい意味で癖のない辻󠄀井伸行のピアノが、この企画にぴったりであることだろう。音の輪郭がはっきりした辻󠄀井のピアノがあることで、絵画に集中できるのだ。画中から人物が抜け出して、こちらへ向かって歩いてくるような錯覚すら覚える。例えばドガの「オペラ座の稽古場」では、鮮やかなクレッシェンドがレッスンをつける男の教師の怒声のように聞こえたし、スーラの「グランド・ジャット島の日曜日の午後」では、辻󠄀井の音楽があるおかげで無表情に見える人物の顔に表情が宿るのだ。そのような辻󠄀井の資質を見抜いたことが、このシリーズの成功の鍵ではないだろうか。周知のように彼は全盲だが、打てば響くような感性に恵まれており、投影される絵画もどこか別の目で見ているのではないかと思わせられる。彼の母は、幼い頃から彼を美術館に連れて行き、絵の前で説明をしたというが、その成果かもしれない。
「ベルガマスク組曲」第1曲では、ルノワールの描くあどけない少女たちのばら色の表情が、絶妙なペダル使いで描き出されているようだった。そしてサティとクリムト! の絶妙の融和。ゆったりした音楽が、クリムトの官能性を味わうのにこれほど適していたとは。サティとミュシャ(装飾性!)との組み合わせも、確かに立ち止まって味わう価値がある。
一方で、ラヴェル作品が全てモネとの組み合わせだったのは、モネの「光」の鮮やかさと、ラヴェルの音の粒立ちを意識したものだろうか。別の組み合わせがあってもいいように思うが、そう想像を巡らせてしまうのも、このコンサートの魅力なのだろう。
自分の中に新しい感性が開かれる感覚を、辻󠄀井の第3の目を通して味わえた、またとない時間だった。
(加藤浩子)
公演データ
辻󠄀井伸行 音楽と絵画コンサート〝印象派〟
5月14日(木)19:00東京芸術劇場 コンサートホール
ピアノ:辻󠄀井伸行
プログラム ※曲目と投影された絵画の作品名を併記
第1部
ドビュッシー:2つのアラベスク
アラベスク第1番
(絵画)ルノワール「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会」、「ぶらんこ」、「テラスにて」、「ピアノの前の少女たち」
アラベスク第2番
(絵画)ドガ「エトワール、または舞台の踊り子」、「舞台のバレエ稽古」、「4人の踊り子」、「オペラ座の稽古場」
ドビュッシー:ベルガマスク組曲
第1曲「前奏曲」
(絵画)ルノワール:「帽子の女」、「イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢の肖像」、「ジャンヌ・サマリーの肖像」、「レースの帽子の少女」
第2曲「メヌエット」
(絵画)スーラ:「グランド・ジャット島の日曜日の午後」、「サーカス」、「アニエールの水浴」
第3曲「月の光」
(絵画)クレー:「キリスト教的墓標」、「橋の傍の三軒の家」、「宵の南海岸」
第4曲「パスピエ」
(絵画)ゴッホ:「夜のカフェテラス」、「タンギー爺さん」、「アルルの跳ね橋」
ドビュッシー:映像 第1集
第1曲「水の反映」
(絵画)北斎:「千絵の海 総州銚子」、「富獄三十六景 神奈川沖浪裏」、「富獄三十六景 甲州石班沢」)
第2曲「ラモーを讃えて」
(絵画)広重:「名所江戸百景 深川洲崎十万坪」、「名所江戸百景 亀戸梅屋舗」、「名所江戸百景 大はしあたけの夕立」
第3曲「運動」
(絵画)北斎:「富獄三十六景 駿州江尻」、「富獄三十六景 東海道金谷ノ不二」、「富獄三十六景 隅田川関屋の里」、「富獄三十六景 山下白雨」
第2部
サティ:3つのジムノペディ
ジムノペディ第1番
(絵画)クリムト:「接吻」、「乙女(処女)」
ジムノペディ第2番
(絵画)ミュシャ:「黄道十二宮」、「ヒヤシンス姫」
ジムノペディ第3番
(絵画)ロートレック:「ディバン・ジャポネ」、「エグランティーヌ嬢一座」
ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ
(絵画)モネ:「散歩、日傘をさす女性」、「ジヴェルニー、春の効果」、「エプト川のポプラ並木」、「アルジャントゥイユ近くの散歩」
ラヴェル:水の戯れ
(絵画)モネ:「睡蓮(1907/個人蔵)」、「睡蓮の池」、「睡蓮(1905)」、「舟遊び」、「睡蓮(1907/イスラエル博物館)」
ラヴェル:ソナチネ
第1楽章
(絵画)モネ:「印象、日の出」、「黄昏、ヴェネツィア」、「国会議事堂、日没」
第2楽章
(絵画)モネ:「積みわらー夏の終わり、朝の効果」、「アルジャントゥイユのひなげし」、「ヴェトゥイユの画家の庭園」、「積みわら」
第3楽章
(絵画)モネ:「サン・ラザール駅」、「モントルグイユ通り」、「ラ・ジャポネーズ」
アンコール
ドビュッシー:「夢」
(絵画)ルドン:「目を閉じて」「アポロンの二輪馬車」「風車」
ドビュッシー:「喜びの島」
(絵画)北斎:「富嶽三十六景 山下白雨」、「諸国瀧廻り 木曽路ノ奥阿弥陀ケ滝」、「諸国瀧廻り 下野黒髪山きりふりの滝」、「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」、「富嶽三十六景 凱風快晴」
他日公演
5月16日(土)15:00仙台銀行ホール イズミティ21 (宮城)
5月21日(木)19:00上野学園ホール(広島県立文化芸術ホール)(広島)
5月23日(土)15:00三重文化会館(三重)
5月24日(日)15:00フェスティバルホール(大阪)
5月26日(火)19:00水戸市民会館 グロービスホール(茨城)
5月27日(水)19:00すみだトリフォニーホール(東京)
5月30日(土)15:00ホクト文化ホール(長野県県民文化会館) (長野)
5月31日(日)14:00富山県高岡文化ホール(富山)
かとう・ひろこ
音楽物書き。バッハを中心とする古楽およびオペラ、絵画や歴史など幅広いテーマで執筆、講演活動を行う。欧米の劇場や作曲家ゆかりの地をめぐるツアーの企画同行も行い、バッハゆかりの地を巡る「バッハへの旅」は20年を超えるロングセラー。著書に「今夜はオペラ!」「ようこそオペラ」「バッハ」「黄金の翼=ジュゼッペ・ヴェルディ」「ヴェルディ」「オペラでわかるヨーロッパ史」「オペラで楽しむヨーロッパ史」など。最新刊は「16人16曲でわかるオペラの歴史」(平凡社新書)。
オフィシャルホームページ
https://www.casa-hiroko.com










