違いあらわに、ブルックナーの〝東西対決〟~1月オーケストラ公演 大阪フィル、東フィル編

充実ぶりを見せる音楽監督・尾高忠明と大阪フィル (C)三浦興一
充実ぶりを見せる音楽監督・尾高忠明と大阪フィル (C)三浦興一

1月に東京で開催されたオーケストラ公演のリポート、第2弾はいずれもブルックナーの交響曲第7番をプログラムのメインに据えた尾高忠明指揮、大阪フィルハーモニー交響楽団の東京定期公演とチョン・ミョンフン指揮、東京フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会。奇しくも同じサントリーホールにおいて中2日の短期間でブルックナーの〝東西対決〟が実現した。(宮嶋極)

【尾高忠明指揮 大阪フィル東京定期演奏会】

尾高と大阪フィルの充実ぶりは昨年夏のミューザサマーフェスタで体験済みだが、この日の公演でも昨夏の演奏が一過性のものではなかったことを示していた。

 

1曲目、池辺晋一郎の交響曲第10番「次の時代のために」は仙台フィルからの委嘱によって作曲され、2016年1月、尾高の指揮で初演されている。3つの楽章が続けて演奏され、池辺本人のプログラムノートによると作品の背景には東日本大震災の追憶や恩師である武満徹の作曲に対する姿勢へのオマージュなどが存在しているのだそうだ。リズムの変化が特徴的で、作品を熟知している尾高は大編成のオケをうまくコントロールし、見通しよく整理して初めての聴衆にも楽しく聴かせてくれた。会場には池辺の姿もあり、満足そうな表情を浮かべ、尾高と大阪フィルに喝采を送っていた。

 

大阪フィルにとってブルックナーの交響曲といえばかつて朝比奈隆の指揮のもと、数々の名演を残してきた最重要レパートリーのひとつである。また、尾高も早い時期からブルックナーに取り組み、研究を重ねながら解釈を深めてきた。ハース版を採用し、第2楽章のクライマックスではティンパニだけをプラスし、シンバルとトライアングルはなしというスタイル。朝比奈時代以来の個性であったブラス・セクションの強奏は維持しつつも、全体の響きはかつてこのオケの弱点と筆者が感じていた(逆に魅力と感じていたファンも多い)雑味が一切取り除かれバランスの取れた奥行きを感じさせるものとなっていた。

 

作品の骨格をカッチリと固めて奇をてらうことのない端正なアプローチ。第2楽章、第4楽章のクライマックスに向けて響きを力強く積み上げていくような音楽作りは大阪フィルの伝統を尊重しながらも、尾高ならではの誠実さを感じさせてくれるものであった。第4楽章のコーダに入った箇所の弦楽器のトレモロのクリアで美しい響きは尾高によってもたらされた大きな成果であろう。

 

終演後、盛んな拍手を制して尾高は「昨日、このホールで井上道義が自作の初演で成功を収めた。私と井上は齋藤秀雄先生に叱られながら切磋琢磨した仲。その2人が2日連続でこのサントリーホールで大喝采を浴びる姿に齋藤先生はさぞや喜んでくださっているに違いない」との趣旨のことを述べてさらなる拍手を集めた。拍手はオケが退場しても鳴り止むことなく、尾高はこの日のコンマス須山暢大とともにステージに再登場し喝采に応えていた。

名匠・朝比奈隆や大植英次らが歴代音楽監督を務めた大阪フィル。2022年には創立75周年を迎えた (C)三浦興一
名匠・朝比奈隆や大植英次らが歴代音楽監督を務めた大阪フィル。2022年には創立75周年を迎えた (C)三浦興一

【チョン・ミョンフン指揮 東京フィル】

尾高・大阪フィルの盛り上がりから3日後、今度はチョンと東京フィルが同じブルックナーの第7番に挑んだ。チョンに対するオケ・メンバーの信頼度は抜群で、毎回渾身の熱演が繰り広げられ、客席を大いに沸かせるのは定番の光景となっている。尾高・大阪フィルにも勝るとも劣らない盛り上がりを期待しつつ公演に臨んだ。

 

前半はシューベルトの未完成交響曲。第2ヴァイオリンやヴィオラ、木管楽器の第2パートなどが織り成す内声部にまで細かく神経を配った演奏。2001年にチョンが東京フィルのスペシャル・アーティスティック・アドヴァイザーに就任した際、楽団にスコップを贈り「一緒に音楽を深く掘り下げていこう」と語ったエピソードを思い出す演奏であった。

 

さて、メインのブルックナーである。こちらはいわゆるノヴァーク版で第2楽章のティンパニ、シンバル、トライアングルがあるヴァージョン。ホルン4本とワーグナー・テューバ4本を管楽器の4列目(トランペットとトロンボーンの後ろ)に横一列で配置して演奏が行われた。

 

尾高・大阪フィルのカッチリとした構えの質実剛健な演奏に対して、チョンと東京フィルは旋律の流れを重要視したメリハリの効いた演奏。ブルックナー作品の演奏では珍しいテンポの急速な変化が随所に見られ、第1、第4楽章のコーダでは一気に加速していたのも印象に残った。メンバーの気迫は相変わらず旺盛で熱気に満ちた盛り上がりはこのコンビならではのもの。その一方で、丁寧に掘り下げた音楽作りがなされているためか激しく弾いても雑になるところはなく総休止(GP)でこだまする残響は美しかった。

 

ただ、一点残念だったのは最後の一音が鳴り終わるかどうかの瞬間、いきなりのいわゆるフライング・ブラボーが2階下手から飛び出した。私には2人から発声されたように聞こえた。この日はたまたま、政府がコンサートやスポーツ観戦における発声を解禁したタイミングであった。どの作品もそうだが、私は最後の一音が完全に消え入るまでしっかりと聴き取るべきだと考える。クラシック音楽ファンの大多数は同じように考えているのではないだろうか。ブルックナーのように和声が重要な意味を持つ作品ではなおさらのことである。いきなり冷水を浴びせられたようで感動も半減してしまったような感覚に襲われた。そのせいなのかどうかは定かではないが、チョンと東京フィルによる終演後の定番であるオケ退場後も拍手が鳴り止まず、チョンが多くの楽員を伴ってステージに再登場する〝アフター・セレモニー〟はこの日はなし。オケが退場するとすぐに拍手は収まった。もしもフライング・ブラボーが原因だったとしたら何とも罪深いことである。繰り返しになるが、音楽は最後の一音が消え入るまで耳を傾けるべきものである。曲にもよるができれば最後の一音が消えてもその余韻まで余すところなく楽しみたい。

熱気に満ちた演奏にやはり相性の良さがにじみ出るチョン・ミョンフンと東京フィル 撮影=上野隆文/提供=東京フィルハーモニー交響楽団
熱気に満ちた演奏にやはり相性の良さがにじみ出るチョン・ミョンフンと東京フィル 撮影=上野隆文/提供=東京フィルハーモニー交響楽団

公演データ

【新国立劇場 ヴェルディ:歌劇「ファルスタッフ」再演】

1月24日(火)19:00 サントリーホール

指揮:尾高 忠明
コンサートマスター:須山 暢大
池辺 晋一郎:交響曲第10番「次の時代のために」
ブルックナー:交響曲第7番ホ長調(ハース版)

【東京フィルハーモニー交響楽団サントリー定期シリーズ】

1月27日(金)19:00 サントリーホール

指揮:チョン・ミョンフン
コンサートマスター:三浦 章宏
シューベルト:交響曲第7番ロ短調D759「未完成」
ブルックナー:交響曲第7番ホ長調(ノヴァーク版)

宮嶋 極
宮嶋 極

みやじま・きわみ

放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。

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