適材適所のすぐれた歌手と圧巻のオーケストラが理想的に一体化
「トスカ」は初演時に、粗野で残忍だと酷評する評者が多かった。たしかに、主要な登場人物がみな非業の死を遂げるので、残忍な面はある。だが、プッチーニの音楽は、すぐれた演奏を得れば粗野には聴こえない。短い動機を張りめぐらせ、調性を著しく移動させるその音楽は、全体が緻密に設計され、音楽の流れとドラマ上の必然が重なっている。
群馬交響楽団を指揮した沼尻竜典は、そうした全体を俯瞰(ふかん)しながら統率し、懐の深い音楽を導いた。細部は精緻だが緊迫感と起伏に富み、その起伏がドラマを見事に語る。結果として粗野どころかノーブルにさえ聴こえる。
たとえば、トスカが「歌に生き、愛に生き」を歌った後、第1ヴァイオリンが悲劇的な情緒の漂う主題を奏し、聴き手の心が凍るような緊迫感を漂わせる。だが、そこから管弦楽が一気に畳みかけ、トスカはナイフでスカルピアを刺し、緊張が頂点に達すると、先の主題が弦楽の全奏で響く。その後に訪れる、悲劇を暗示する短調による静けさ。そうした一連に、トスカの心理的駆け引きをからめた起伏は、生々しく圧巻だった。
それにどの場面も、オーケストラと歌手の声、合唱との音量バランスが計算され尽くしていた。「トスカ」の分厚い管弦楽が舞台上に乗ると、歌手の声はかき消されてしまうことが多いが、声はピアニッシモまでよく聴こえた。一方、管弦楽の聴かせどころは、プッチーニが工夫を凝らした内声部まで明瞭なのである。前述の弦楽の全奏にしても、場面を力強く引き締め、なおかつ情緒を醸す。以下に述べる歌手が加わって、かなり理想的な「トスカ」だった。
歌手を登場順に述べると、アンジェロッティの妻屋秀和はいつもながら安定した歌唱で、最初から舞台が締まった。演技巧者の晴雅彦の堂守も味わい深い。
カヴァラドッシはステファン・ポップ。パヴァロッティを思わせる発声で、冒頭から伸びやかに歌い上げた。アクセントが少々強調されがちだったのは、プッチーニの主要作のなかでは最もヴェリズモに近いことを意識したのか。ともあれ、理想家であるこの役にはポップのまっすぐな表現が合っている。一方、佐藤康子のトスカは複雑だ。強い表現にまったくストレスがないのも見事だが、嫉妬心が色彩として表現されているその声は、トスカそのもののように聴こえた。第2幕の戸惑いや悲嘆も同様で、状況に翻弄される感情を声にからめつつ、見事にドラマを牽引した。
イタリア在住の佐藤はイタリア語の美しさも際立ったが、スカルピアの上江隼人も言葉が立っていた。アクは強いが流麗さを失わないイタリア的な表現で、この警視総監が貴族(男爵)であることまで表した。スポレッタの澤武紀行やシャルローネの市川敏雅も、ミニ・スカルピアともいうべき怖さを漂わせた。
歌手陣は総じて適材適所でバランスがよく、それが管弦楽とうまくからみ、粟國淳の簡にして要を得た演出もあって、凝縮したドラマが表現された。12日と13日には名古屋で、20日には横浜でも演奏される(ともに演奏会形式)。オーケストラは変わるが、沼尻の指揮なら大丈夫だろう。歌手のアンサンブルは精度を増すはずで、引き続き楽しみである。
(香原斗志)
公演データ
群馬交響楽団×高崎芸術劇場 GTシンフォニック・コンサート vol.2
プッチーニ オペラ「トスカ」(セミ・ステージ形式)
6月6日(土)16:00高崎芸術劇場 大劇場
指揮:沼尻竜典
舞台構成:粟國淳
照明:稲葉直人
トスカ:佐藤康子
カヴァラドッシ:ステファン・ポップ
スカルピア:上江隼人
アンジェロッティ:妻屋秀和
スポレッタ:澤武紀行
シャルローネ:市川敏雅
堂守:晴雅彦
看守:高橋正尚
羊飼い:芝野遥香
合唱:GTシンフォニック・コンサート・プロフェッショナル・シンガーズ(合唱指揮:岸本大)
児童合唱:藤岡市立小野小学校合唱部
管弦楽:群馬交響楽団
プログラム
プッチーニ:歌劇「トスカ」全3幕 原語上演(日本語字幕付き)
他日公演
6月12日(金)18:45、13日(土)16:00愛知県芸術劇場コンサートホール(愛知)
6月20日(土)17:00横浜みなとみらいホール(神奈川)
※他日公演の詳細は、各ホールの公式サイトをご参照ください。
かはら・とし
音楽評論家、オペラ評論家。オペラなど声楽作品を中心に、クラシック音楽全般について執筆。歌唱の正確な分析に定評がある。著書に「イタリア・オペラを疑え!」「魅惑のオペラ歌手50:歌声のカタログ」(共にアルテスパブリッシング)など。「モーストリークラシック」誌に「知れば知るほどオペラの世界」を連載中。歴史評論家の顔も持ち、新刊に「教養としての日本の城」(平凡社新書)がある。










