~73~ オーケストラの映画、ドラマ

 NHK交響楽団の1月定期公演で、バルトークのヴィオラ協奏曲を聴いた。独奏はベルリン・フィルの首席奏者、アミハイ・グロス。新しい世代のヴィオラの名手の演奏だった。

 

 ヴィオラという楽器は、長く独奏用の楽器とはみなされず、協奏曲のレパートリーはきわめて限られていた。

 

 バロック期から古典派の作品では、J・S・バッハのブランデンブルク協奏曲第6番、テレマン、J・C・バッハ、シュターミッツ、ホフマイスターのヴィオラ協奏曲が知られているが、オーケストラの定期演奏会ではほとんど演奏されない。オーケストラのレパートリーとして、よく演奏される作品は、モーツァルトのヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲があるくらいだ。

 

 ロマン派になると、ベルリオーズの交響曲「イタリアのハロルド」でヴィオラが独奏楽器として大活躍する。そのほか、R・シュトラウスの交響詩「ドン・キホーテ」でもヴィオラがサンチョ・パンサを表す独奏楽器として扱われている。ほかにロマン派の協奏曲では、ブルッフのクラリネットとヴィオラのための二重協奏曲がある。

 

 20世紀に入ると、ヴィオラ協奏曲が増えてくる。冒頭にあげたバルトークのヴィオラ協奏曲は、ウィリアム・プリムローズの委嘱を受けて書かれ、彼の手によって初演された。ウォルトンのヴィオラ協奏曲は、ライオネル・ターティスのために書かれたが、彼は初演せず、代わりに名ヴィオリストでもあったヒンデミットが初演した。ヒンデミット自身にも、「白鳥を焼く男」という協奏曲があり、そのほかにもヴィオラのための作品を数多く残している。つまり、20世紀になって、ヴィオラの名手が現れることによって、ヴィオラのための協奏曲が書かれ始めたのである。

 

 近年は、ヴァイオラのソリストが次々と現れ、彼らのために名だたる作曲家がヴィオラ協奏曲を残している。シュニトケのヴィオラ協奏曲は、ユーリ・バシュメットが初演し、彼に献呈された。武満徹のヴィオラ協奏曲というべき、「ア・ストリング・アラウンド・オータム」は、今井信子が初演し、献呈を受けている。彼女は、林光のヴィオラ協奏曲「悲歌」や西村朗のヴィオラ協奏曲「焔と影」も初演している。

 

 タベア・ツィンマーマンはアントワン・タメスティとマントヴァーニの2つのヴィオラのための協奏曲を初演。そしてそのタメスティは、この3月に、ヴィトマンのヴィオラ協奏曲を読売日本交響楽団の定期演奏会で日本初演する。クラリネットの名手としても知られるヴィトマンは、1973年生まれ。オペラから管弦楽曲、室内楽曲まで幅広い作品を書いている。ヴィオラ協奏曲は、タメスティに捧げられ、2015年10月、タメスティの独奏、パーヴォ・ヤルヴィ&パリ管弦楽団によって初演された。その後、タメスティは、ダニエル・ハーディング&バイエルン放送交響楽団と同曲の録音も行う。5つの楽章からなる30分弱の協奏曲。ヴィオラらしい深々とした歌からタメスティを想定した超絶技巧まで、まさに21世紀のヴィオラが楽しめる。

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山田 治生

やまだ・はるお

音楽評論家。1964年、京都市生まれ。87年、慶応義塾大学経済学部卒業。90年から音楽に関する執筆を行っている。著書に、小澤征爾の評伝である「音楽の旅人」「トスカニーニ」「いまどきのクラシック音楽の愉しみ方」、編著書に「オペラガイド130選」「戦後のオペラ」「バロック・オペラ」などがある。

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