想定外の感動!ワーグナーの魔力に魅了された一夜
国内オーケストラがそれぞれ個性を放つプログラムで競演するフェスタ サマーミューザ、今年の読響は常任指揮者セバスティアン・ヴァイグレのもと、初登場の鈴木愛美を迎えベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番で幕を開けた。
プレトークでコンサートマスターの日下紗矢子が「クリアな音で丁寧な音楽を創る」と話していた通り、粒立ちの良い音がハ短調のスケールで始まる冒頭から一気に聴き手を惹(ひ)きつける。音楽の方向性がオーケストラとも一体化して、変幻自在な音色やニュアンスの変化を十分味わうことができた。第2楽章の深い歌心や木管楽器との対話も魅力的で、最後の消え入るようなppも印象に残った。
後半はヴァイグレの得意とするワーグナーの「マイスタージンガー」。ヴァイグレが2007年にバイロイト音楽祭でデビューした作品で、筆者も09年、10年と2年続けて現地で聴いている。カタリーナ・ワーグナーの振り切った演出と正攻法で明るく鳴らした管弦楽が良いバランスを取っていた。
今回は「リング」の編曲でも知られるフリーヘル編、4時間超えの楽劇を約50分にまとめたもので、配布されたプログラムによると日本初演とのこと。全体は11曲から成り第1幕と第2幕から2曲ずつ、第3幕から7曲選ばれており、マイスタージンガーの歌合戦が後半の大部分を占める。
物語に光と影があるならば、フリーヘルは光の部分でマイスタージンガー(ドイツの芸術)の賞賛を描こうとしたように受け取れる。若者たちの恋愛への葛藤やベックメッサーが巻き起こすドタバタは出てこない。
作品の聴きどころが詰まっている第1幕の前奏曲こそオリジナルの響きだが、第2幕のザックスのモノローグや第3幕の五重唱のような歌唱シーンが木管から弦楽器、金管から全体へと旋律が繋(つな)がれていくと、オーケストラの歌心が見事に発揮される。登場人物が想いを込めて歌い上げる感動とは違っても、やはりワーグナーの音楽なのだ。
第3幕終盤のヴァルターの愛に溢(あふ)れる歌からザックスによる大団円まで、ヴァイグレの左手はこれでもかというように深く音楽を創り上げ、オーケストラもそれに応える。十分な高揚感で満たされた最後、「マイスタージンガーの動機」に回帰したところで更に一段ギアが上がり、読響が別次元の響きになったのには驚いた。4時間以上かけて辿(たど)り着く山の頂に気がついたら立っていたような、想定外の感動はやはりワーグナーの魔力かもしれない。
ブラボーの声が飛び交い、オーケストラが退場した後も、マエストロだけ再びステージに登場、熱い喝采を受けていた。
(毬沙琳)
公演データ
フェスタ・サマーミューザKAWASAKI 2026 読売日本交響楽団
7月31日(金)19:00ミューザ川崎シンフォニーホール
指揮:セバスティアン・ヴァイグレ
ピアノ:鈴木愛美
管弦楽:読売日本交響楽団
コンサートマスター:日下紗矢子
プログラム
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番ハ短調Op.37
ワーグナー(デ・フリーへル編):楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」~オーケストラル・トリビュート(日本初演)
1.前奏曲
2.マイスタージンガーたちの集まり
3.徒弟たちの歌
4.ザックスの独白
5.前奏曲Ⅲ
6.洗礼の辞
7.同業組合の隊列
8.徒弟たちの踊り
9.マイスタージンガーたちの入場
10.ヴァルターの懸賞歌
11.幕切れの歌
ソリスト・アンコール
シューベルト:楽興の時 第3番
まるしゃ・りん
大手メディア企業勤務の傍ら、音楽ジャーナリストとしてクラシック音楽やオペラ公演などの取材活動を行う。近年はドイツ・バイロイト音楽祭を頻繁に訪れるなどし、ワーグナーを中心とした海外オペラ上演の最先端を取材。在京のオーケストラ事情にも精通している。










