オケの懐かしい響きと亀井聖矢の新境地の好対照
日本とベルギーの外交関係樹立160周年記念公演。開演に先立ってアントワン・エヴラー駐日ベルギー王国大使が挨拶、コンサートマスターの赤間美沙子を呼び出す形で始まった。オーケストラにとっても1936年の創立から数えて90年の節目、2002〜07年に首席指揮者を務めたフィンランド人ミッコ・フランク(1979年生まれ)とともに、22年ぶりの日本ツアーに臨んだ。恩師ヨルマ・パヌラをして「15歳で完成した指揮者だった」と言わしめた早熟の才だが、脊椎に疾患を抱え、指揮台を置かず、椅子に腰掛けたり立ったりしながら指揮をする。
亀井聖矢(2001年生まれ)は2022年、パリのロン=ティボー国際音楽コンクールのピアノ部門優勝者で最初はショパン、サン=サーンスなどを得意としていたが、ドイツのカールスルーエ音楽大学に留学して以降、ドイツ=オーストリア音楽のレパートリーを広げつつある。今シーズンはベートーヴェンの「ピアノ協奏曲第3番」に続き、ブラームスの大作「ピアノ協奏曲第2番」に挑んだ。
「ピアノ(オブリガート)付きの交響曲」と呼ばれることもあるほど管弦楽の充実した作品だが、亀井はオーケストラと渡り合う上で十分以上の音量・音圧を備えている。濃厚なロマンやドイツ的思索の晦渋さよりも、理知的な視点とクリスタルなタッチで楽曲の構造を際立たせ、かなりの名ピアニストだったブラームスのピアニズムの本質に迫ろうと試みた。今は忘れられてしまったが、私は亀井のダイナミックなアプローチを聴きながら、「デッカ」レーベルにブラームスのピアノ曲とピアノ協奏曲の全曲、主要室内楽曲を録音した名手ジュリアス・カッチェン(1926―1969)の演奏を思い出していた。
第1楽章こそ気合を入れ過ぎるあまり、和声を自然に乗せていくようなフレーズの流れが停滞していたが、第2楽章以降は落ち着きを取り戻した。第3楽章の繊細かつ芯の通った弱音、第4楽章の軽やかさやリズムの切れだけでなく、スビトピアノ(瞬間の弱音)などの芸の細やかさまでみせ、堂々と着地した。どこか懐かしい暖色系のサウンド、第3楽章のチェロ独奏の引き締まった美しさなど、オーケストラの魅力も随所で味わえた。
この「人肌の温もり」を感じさせる音色は後半のドヴォルザーク、「新世界」交響曲に極めて有効だった。ゴージャスな弦の絨毯の上に管楽器が色とりどりの華を咲かせるバランス感覚はフランスやイタリアのオーケストラに近く、アンサンブルが悪いのではなく、百花繚乱の自由を謳歌しているのだと思う。第2楽章の「家路」の旋律を担うコールアングレ(イングリッシュホルン)も〝泣きの演歌節〟の対極にある洗練を保つが、オケ全体の音色が何とも言えないノスタルジーを醸し出す。第3楽章ではフランクが中間部で、チェコの民族舞踊のリズムを適確に刻んだ。かつてのパートナーの特性を知り抜いたタクトには無駄がなく、最終楽章ではオケのパワーを最大限に引き出してみせた。
ここまでは全てオーソドックスに進んだが、アンコールの「スラヴ舞曲」第8番が終わる寸前に途方もなく長いルフトパウゼ(間)が現れ、フランクの茶目っ気の健在を知る。
(池田卓夫)
公演データ
ミッコ・フランク指揮 ベルギー国立管弦楽団 ピアノ 亀井聖矢
11月4日(水)19:00サントリーホール 大ホール
指揮:ミッコ・フランク
ピアノ:亀井聖矢
管弦楽:ベルギー国立管弦楽団
コンサートマスター:赤間美沙子
プログラム
ブラームス:ピアノ協奏曲第2番 変ロ長調 Op.83
ドヴォルザーク:交響曲第9番 ホ短調 Op.95「新世界より」
ソリスト・アンコール
リスト:ラ・カンパネラ
アンコール
ドヴォルザーク:スラヴ舞曲Op.46-8
いけだ・たくお
2018年10月、37年6カ月の新聞社勤務を終え「いけたく本舗」の登録商標でフリーランスの音楽ジャーナリストに。1986年の「音楽の友」誌を皮切りに寄稿、解説執筆&MCなどを手がけ、近年はプロデュース、コンクール審査も行っている。










