新国立劇場 2026/2027シーズンオペラ ジョアキーノ・ロッシーニ「イタリアのトルコ人」(新制作)

すべてがバランスされたロッシーニの音楽の醍醐味

序曲から溌溂(はつらつ)としたロッシーニらしさが漲(みなぎ)った。しかも聴き進むにつれ、勢いまかせの正反対で、テンポやリズムが緻密に計算され、細やかにアーティキュレーションが加えられていると気づかされる。クレッシェンドも穏やかに漸増しながら、時間をかけてフォルテに達し、その配分が絶妙である。東京フィルを指揮する31歳のアレッサンドロ・ボナートは、おそらく計算に計算を重ねている。だが、その結果が自然な推進力につながるのだから、早くも手練れの腕前である。加えれば、さまざまな彩りの音楽を俯瞰(ふかん)し、束ねて、物語の流れを構築する手腕もある。

ロラン・ペリー演出、ジョアキーノ・ロッシーニ「イタリアのトルコ人」 撮影:飯田耕治 提供:新国立劇場
ロラン・ペリー演出、ジョアキーノ・ロッシーニ「イタリアのトルコ人」 撮影:飯田耕治 提供:新国立劇場

「セビーリャの理髪師」に1年半遡る1814年8月初演の「イタリアのトルコ人」。奔放なフィオリッラは夫のジェローニオが小心なのをいいことに、イタリアに現れたトルコの王子と恋を楽しもうとし、若いナルチーゾの「参戦」もまんざらではない。だが、結局はトルコの王子にふられ、少し成長して元の鞘(さや)に収まる。

演出のロラン・ペリーはフィオリッラを、漫画と映画の中間のような「フォト・ノベル」に没頭する女性とし、彼女は空想のなかでトルコの王子と出会い、奔放な行動を重ねる。舞台上には現実の住居と、空想のなかの情景を描く「フォト・ノベル」のページや写真の枠が交錯し、四角い枠が人物模様と重なっては、各場面を写真のように見せる。ペリーらしいファンタジーにあふれ、音楽とよく重なる。

フィオリッラは、漫画と映画の中間のような「フォト・ノベル」に没頭する女性として描かれた 撮影:飯田耕治 提供:新国立劇場
フィオリッラは、漫画と映画の中間のような「フォト・ノベル」に没頭する女性として描かれた 撮影:飯田耕治 提供:新国立劇場

歌手はみな秀でたロッシーニ歌いで、なかでもジェローニオのパオロ・ボルドーニャが傑出していた。インタビューで「喜劇は周囲の状況が滑稽(こっけい)だから笑うのであり、道化役も必死に生きている」と語っていたが、まさにそういう役作り。前提として声がどの音域でも一定した響きを保ち、端正な表現に悲哀を滲(にじ)ませる。本物の歌役者の歌唱と演技だった。トルコの王子セリム役のアレハンドロ・バリニャス・ビエイテスは、艶やかな低声を重厚かつ柔軟に響かせ、ボルドーニャの悲哀の色彩に対置される色気が鮮やかだった。

写真左からクラウディア・ムスキオ(フィオリッラ)、アレハンドロ・バリニャス・ビエイテス(セリム)、パオロ・ボルドーニャ(ジェローニオ) 撮影:飯田耕治 提供:新国立劇場
写真左からクラウディア・ムスキオ(フィオリッラ)、アレハンドロ・バリニャス・ビエイテス(セリム)、パオロ・ボルドーニャ(ジェローニオ) 撮影:飯田耕治 提供:新国立劇場

フィオリッラは2024年の「夢遊病の女」で、優れたアミーナを歌ったクラウディア・ムスキオ。アジリタが鮮やかで、細部の制御に不安定なところもあったが、名唱と呼べる水準だった。この役は登場のカヴァティーナに続き、出ずっぱりで数々の重唱をこなし、最後に自分の過ちを悟って、広い音程を技巧的に歌うシリアスなアリアがある。このアリアで彼女の成長を伝えるロッシーニの筆致は明らかに真摯(しんし)で、ここにドラマの肝があることは明らかだ。ボナートが導く音楽にムスキオの鮮やかな歌唱が絡み、このオペラの核心がドタバタにはないことが伝わった。

ムスキオがアジリタ鮮やかな名唱を聴かせた 撮影:飯田耕治 提供:新国立劇場
ムスキオがアジリタ鮮やかな名唱を聴かせた 撮影:飯田耕治 提供:新国立劇場

ナルチーゾのルジル・ガティンは、輝かしく湧き上がる圧倒的な声力に驚かされた。また、現場で題材を集めて喜劇を書く詩人プロスドーチモが、ドラマを傍観する目を担い、そのブルーノ・タッディアは、まさに第三者的な歌唱で他者とのバランスが取れていた。いま並べた5人の歌手は、いずれもペーザロのロッシーニ・アカデミー出身者である。

ルジル・ガティン(ナルチーゾ)の、輝かしく湧き上がる圧倒的な声力に驚かされた 撮影:飯田耕治 提供:新国立劇場
ルジル・ガティン(ナルチーゾ)の、輝かしく湧き上がる圧倒的な声力に驚かされた 撮影:飯田耕治 提供:新国立劇場
ブルーノ・タッディア(詩人プロスドーチモ) 撮影:飯田耕治 提供:新国立劇場
ブルーノ・タッディア(詩人プロスドーチモ) 撮影:飯田耕治 提供:新国立劇場

一人ひとりの特徴を挙げたが、重唱でドラマが進むこのオペラでは、各歌手のバランスが重要で、そこがすぐれていた。バランスがとれたアンサンブルが、ボナートの導く緻密ゆえに爽快な音楽、ファンタジックで快活な演出と見事に絡み合い、喜劇と悲劇の間を行き来しながら、最後に「昨日より素敵な今日」に導かれた。極上のロッシーニ体験であり、極上のオペラ体験だった。客席の盛り上がりがそれを如実に物語っていた。
(香原斗志)

バランスがとれたアンサンブルが、ボナートの導く緻密ゆえに爽快な音楽、ファンタジックで快活な演出と見事に絡み合った 撮影:飯田耕治 提供:新国立劇場
バランスがとれたアンサンブルが、ボナートの導く緻密ゆえに爽快な音楽、ファンタジックで快活な演出と見事に絡み合った 撮影:飯田耕治 提供:新国立劇場

公演データ

新国立劇場2026/2027シーズンオペラ
ジョアキーノ・ロッシーニ「イタリアのトルコ人」(新制作)

10月2日(金)18:00新国立劇場 オペラパレス

指揮:アレッサンドロ・ボナート
演出・衣裳:ロラン・ペリー
美術:シャンタル・トマ
照明:ジョエル・アダム
舞台監督:髙橋 尚史

セリム:アレハンドロ・バリニャス・ビエイテス
ドンナ・フィオリッラ:クラウディア・ムスキオ
ドン・ジェローニオ:パオロ・ボルドーニャ
ドン・ナルチーゾ:ルジル・ガティン
詩人プロスドーチモ:ブルーノ・タッディア
ザイダ:但馬 由香
アルバザール:山本 康寛

合唱指揮:冨平 恭平
合 唱:新国立劇場合唱団

管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
チェンバロ:小埜寺 美樹

プログラム
ジョアキーノ・ロッシーニ:歌劇「イタリアのトルコ人」(新制作)
全2幕(イタリア語上演/日本語及び英語字幕付)

他日公演
10月4日(日)14:00、7日(水)14:00、10日(土)14:00、12日(月・祝)13:00
新国立劇場 オペラパレス 

Picture of 香原斗志
香原斗志

かはら・とし

音楽評論家、オペラ評論家。オペラなど声楽作品を中心に、クラシック音楽全般について執筆。歌唱の正確な分析に定評がある。著書に「イタリア・オペラを疑え!」「魅惑のオペラ歌手50:歌声のカタログ」(共にアルテスパブリッシング)など。「モーストリークラシック」誌に「知れば知るほどオペラの世界」を連載中。歴史評論家の顔も持ち、新刊に「教養としての日本の城」(平凡社新書)がある。

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