~72~ ヴィオラ協奏曲

1月のNHK交響楽団の定期公演に出演したアミハイ・グロス 写真提供:NHK交響楽団
1月のNHK交響楽団の定期公演に出演したアミハイ・グロス 写真提供:NHK交響楽団

 この1月から3月にかけて、「リバーサルオーケストラ」というドラマが放送された。プロのオーケストラがテーマとなるドラマは案外珍しい。それは、俳優がプロの演奏家のように弾く真似(まね)をするのがかなり難しいこともあるだろう。その部分だけをとっても今回の俳優たちは非常によくやっていたと思う(とりわけ、ヒロインのチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲の演奏)。

 

オーケストラがテーマとなる映画では、まず、「オーケストラの少女」(1937)や「オーケストラ・リハーサル」(1978)が思い浮かぶ。日本では、群馬交響楽団の黎明(れいめい)期を描いた「ここに泉あり」(1955)や日本フィルの争議を扱った「日本フィルハーモニー物語 炎の第五楽章」(1981)などの映画もあった。

 

「オーケストラの少女」では、レオポルド・ストコフスキー本人が指揮者ストコフスキー役で登場し、指揮姿も披露する。ストーリーは、失業したトロンボーン奏者の娘(声楽を専攻)がストコフスキーに失業者たちのオーケストラの指揮を懇願するというもの。冒頭、本物のフィラデルフィア管弦楽団がチャイコフスキーの交響曲第5番を演奏するシーンがあって、昔のアメリカの方が、指揮者やオーケストラの見せ方が今よりもショーアップしていることに驚く。

 

「オーケストラ・リハーサル」は、フェデリコ・フェリーニ監督と作曲家ニーノ・ロータとの最後のコラボレーション。オーケストラと指揮者の対立から、指揮者が追い払われ、巨大なメトロノームが現れるなど、超現実主義なところもある、風刺のきいた不思議な作品である。ロータの音楽も独特。

 

クラシック音楽をテーマとしたドラマでは、「のだめカンタービレ」が大ヒットしたが、あれはオーケストラというよりも、ピアノ学生と指揮学生がメインの物語だった。とりわけ私の記憶に残っているドラマは、「それが答えだ!」(1997)。中央の音楽界を追われた天才指揮者が山村の中学校のオーケストラ部を指揮するという物語。マーラーの音楽がよく使われていたことに、今となっては時代を感じる。特に印象に残っているのは、マエストロが中学校のオーケストラを相手にフォーレのレクイエムを演奏していたシーン。当然、合唱団はいないのだが、歌声まで聴こえてくる超現実主義。マエストロの頭の中だけで鳴っている音楽の表出であろう。そういうのは面白いと思う。

 

私が「リバーサルオーケストラ」を見ていて楽しかったのは、弱小プロ・オーケストラの児玉交響楽団のメンバーが基本的にお互いをリスペクトしていたからである。オーケストラが職人集団であることがよくわかった。そして、マエストロが根本的には楽しんで演奏することを望んでいたこと。この2つが押さえられていれば、私としては、多少音楽界の現実や常識とは違っていてもドラマを楽しく見ることができる。チャイコフスキーの交響曲第5番の旋律がよく使われていたのは、「オーケストラの少女」へのオマージュか。新人から中堅、ベテランまで、それぞれの世代のメンバーの悩みや喜びが描かれていたのも、まさにオーケストラという感じがして、良かった。

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山田 治生

やまだ・はるお

音楽評論家。1964年、京都市生まれ。87年、慶応義塾大学経済学部卒業。90年から音楽に関する執筆を行っている。著書に、小澤征爾の評伝である「音楽の旅人」「トスカニーニ」「いまどきのクラシック音楽の愉しみ方」、編著書に「オペラガイド130選」「戦後のオペラ」「バロック・オペラ」などがある。

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