いま聴くことが少なくなった〝巨匠時代〟を思わせる演奏
新日本フィル定期に登場したのは、83歳のスイスの名匠ミシェル・タバシュニク。ラヴェル「ラ・ヴァルス」は、大きく伸縮するテンポと柔らかな身のこなしによって、妖しく幻想的なワルツ空間を構築。混沌(こんとん)から渦巻くような急速な舞踏、さらに金管・打楽器の破壊的強奏へ至るまで、目まぐるしく変化する色彩とエネルギーを鮮烈に描き切った。
続くショスタコーヴィチのチェロ協奏曲第1番では、2015年チャイコフスキー国際コンクール優勝者のアンドレイ・イオニーツァが独奏を務めた。同コンクールのファイナルでも演奏した得意曲だけに、自然体で安定感のある演奏。とりわけ第2楽章中間部の陰影深い歌と、第3楽章カデンツァ終結部の繊細なハーモニクスが印象的だった。終楽章コーダはオーケストラと一気に駆け抜けたが、タバシュニクは全体としてソリストを立てる方向で、独奏とオーケストラが火花を散らすようなスリルはやや抑制的だった。
イオニーツァのアンコールは、サヴァンテ・ヘンリソン「ブラックラン」。弓を跳ねさせる奏法など超絶技巧を駆使し、疾走感あふれる演奏を聴かせた。
ヴェルター湖畔のペルチャハで書かれ、〝ブラームスの田園交響曲〟とも呼ばれる交響曲第2番は、美しい自然を思わせる伸びやかさがある。タバシュニクは、その牧歌的な広がりを見事に描き出した。
爽やかな空気が流れ込んでくるような冒頭には、ゆるやかで自然な呼吸感があり、チェロによる第2主題もやわらかく響いた。一方、音楽が突如として熱を帯びる箇所では、テンポをぐっと落とし、付点のリズムを重く刻む。大胆なテンポの伸縮は、かつての〝巨匠型〟の音楽づくりを思わせた。
第2楽章はゆったり悠然と進めた。チェロによる第1主題は流麗で美しく、ホルン首席・山田圭祐のソロはほのかな寂しさを湛(たた)えていた。木管による第2主題も温かい。続く低弦とヴァイオリンの対位法は緊張感を保ち、しっかりとした構造を維持した。
第3楽章では、穏やかなレントラー風主題と、スケルツォ風に軽快に動く部分との対比が絶妙である。
第4楽章では、弱音による導入を丁寧に整え、突如として強烈なエネルギーを噴出させる。展開部も遅い部分は徹底して遅く、速い部分は颯爽(さっそう)と進む。その大胆なテンポの伸縮に、聴き手はいつの間にか引き込まれてしまう。
コーダでタバシュニクは一気に加速した。その勢いは驚くほど若々しく、まるで青春の高揚そのもののよう。爽快かつ力強く、聴後には大きな充実感が残った。
(長谷川京介)
公演データ
新日本フィルハーモニー交響楽団 第670回定期演奏会 サントリーホール・シリーズ
5月8日(金)19:00サントリーホール 大ホール
指揮:ミシェル・タバシュニク
チェロ:アンドレイ・イオニーツァ
管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:崔 文洙
プログラム
ラヴェル:ラ・ヴァルス
ショスタコーヴィチ:チェロ協奏曲第1番 変ホ長調 Op.107
ブラームス:交響曲第2番 ニ長調 Op.73
ソリスト・アンコール
サヴァンテ・ヘンリソン:ブラックラン
他日公演
5月9日(土)14:00すみだトリフォニーホール
はせがわ・きょうすけ
ソニー・ミュージックのプロデューサーとして、クラシックを中心に多ジャンルにわたるCDの企画・編成を担当。退職後は音楽評論家として、雑誌「音楽の友」「ぶらあぼ」などにコンサート評や記事を書くとともに、プログラムやCDの解説を執筆。ブログ「ベイのコンサート日記」でも知られる。










