パブロ・エラス=カサド指揮 東京交響楽団 第739回定期演奏会

テンポの伸縮、明瞭なコントラストをきかせた杓子定規の対極にある演奏

いまやピリオド、モダン両方のオーケストラを、さらにはオペラ界をも相手に、世界で大活躍のパブロ・エラス=カサド。東京交響楽団の指揮台に登場するのは今回が初めてとのことで、しかも演目はシューベルトとブルックナーの交響曲。比較的新しいレパートリーであり、楽しみに出かけた。

パブロ・エラス=カサドが東京交響楽団に初登場 ©N.Ikegami/TSO
パブロ・エラス=カサドが東京交響楽団に初登場 ©N.Ikegami/TSO

今回の演奏から、彼の音楽的特徴・魅力を言うとすれば、それは「テンポの融通無碍(ゆうずうむげ)な伸縮」と「コントラストのこの上ない明瞭さ」にある、となろう。10型編成をとったシューベルトの「未完成」は、低弦の導入モットーからして、杓子定規の対極にある。零コンマ何秒の間に起こる緊迫(加速)と弛緩(減速)が、幾つもひそんでいるのだ。第2主題の歌に満ちた旋律を突如黙らせ、そこへ雷鳴のような響きをぶち込むのはシューベルト自身だが、エラス=カサドの棒にかかると、雷鳴はティンパニの強打で強調され(再現部)、その後クレッシェンド&アッチェレランドで頂きに上りつめ、あとに尾を引く木管楽器のシンコペーションが、いかにもこれら出来事の「残響」といったふうに聞こえる。第2楽章では、おだやかな第1主題に続いて、第2主題に究極の静かさと厳かさを与え、両主題の対比を最大限に示していた。

加速と減速が幾つもひそむ。細部に至るまで対比が明確に示された ©N.Ikegami/TSO
加速と減速が幾つもひそむ。細部に至るまで対比が明確に示された ©N.Ikegami/TSO

ブルックナーの第6交響曲は16型。異質な楽想がより複雑に入れ替わる音楽であり、指揮者もより張り切っていたことだろう。第1楽章。第1主題群を支えるリズム・パターン「タッタ・タタタ」は、ひどく前のめりである。けれどもこれによって、第2主題の指定「はっきりと遅くして」の「はっきり」も担保される。その際、3連符で歩むバスの歩調を、前段(第1主題)の4分音符1拍のテンポに合わせるので、その点でも自然に聞こえるという寸法だ。

そう、どんなに極端なことをしても、それを「操作」と思わせない術を、この指揮者は心得ている。第2楽章の葬送主題へ移る際に、うんと粘ったり、終楽章で第2楽章・第1主題の付点リズムが回帰するたびに、はしゃいだり。それが陳腐にならないのは、考えてみれば不思議なことだ。

エラス=カサドは、どんなに極端なことをしても、それを「操作」と思わせない©N.Ikegami/TSO
エラス=カサドは、どんなに極端なことをしても、それを「操作」と思わせない©N.Ikegami/TSO

もっとも、明快にとか自然にといった意志が、ブルックナーのポリフォニーにも向けられていれば、とは思う。終楽章終盤に重ねられた「タッタ・タタタ」など、そのことごとくが、祝祭的フォルテの陰にかき消えてしまっていた。それは東京交響楽団のせいというより、彼らが棒に忠実だったためだろう。エラス=カサドの音楽的テンペラメントは、本質的に、躁気質なものとみた。

(舩木篤也)

公演データ

東京交響楽団 第739回定期演奏会

4月26日(日)14:00サントリーホール 大ホール

指揮:パブロ・エラス=カサド
管弦楽:東京交響楽団
コンサートマスター:小林壱成

プログラム
シューベルト:交響曲 第7番 ロ短調D759「未完成」
ブルックナー:交響曲 第6番 イ長調WAB106(ノヴァーク版)

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舩木 篤也

ふなき・あつや

1967年生まれ。広島大学、東京大学大学院、ブレーメン大学に学ぶ。19世紀ドイツを中心テーマに、「読売新聞」で演奏評、NHK-FMで音楽番組の解説を担当するほか、雑誌等でも執筆。東京藝術大学ほかではドイツ語講師を務める。著書に『三月一一日のシューベルト 音楽批評の試み』(音楽之友社)、共訳書に『アドルノ 音楽・メディア論』(平凡社)など。

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