サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン 葵トリオ ピアノ三重奏の世界~7年プロジェクト第6回

大聖堂を仰ぎ見るような……「若き巨匠芸」を発揮した名手3人

葵トリオの3人はサントリーホール室内楽アカデミーを受講して2016年に結成、やがてチェンバーミュージック・ガーデンに招かれ、21年から7年連続のプロジェクトに取り組み、26年9月にはアカデミーで教える立場(アシスタント・ファカルティ)となる。まさにサントリーホールから世界へと羽ばたいた常設ピアノ三重奏団である。

サントリーホールから世界へと羽ばたいた葵トリオ
サントリーホールから世界へと羽ばたいた葵トリオ

7年プロジェクト第6回はドイツ、日本、フランスの作曲家を1曲ずつとり上げた。

1曲目は先ごろ全曲録音(ナミレコード)を完成したベートーヴェンの「ピアノ三重奏曲」から、作曲者38歳の1808年に初演された第6番変ホ長調。一時は共同生活を営むほど親しい間柄だったエルデーティ伯爵夫人マリーに献呈したためか、柔らかな感触をたたえた作品であり、葵トリオもチェロ、ヴァイオリン、ピアノと受け継がれる第1楽章の序奏を温かく奏でた。明るく歌う小川響子のヴァイオリン、朗々とした伊東裕のチェロを秋元孝介のピアノががっちりと支え、第2楽章が「ベートーヴェンのハ短調」に転調した後は古典派の枠ぎりぎりまで攻めた激しい音楽も辞さない。ふと逡巡するような〝ため〟の瞬間のゆとり、若さの自然の発露が融合した鮮やかな演奏に仕上がった。

2曲目は今年が没後30年に当たる武満徹が早過ぎる晩年の1993年9月(62歳)、ベルリンで初演した「ビトゥイーン・タイズ」。宇宙や海、古い日本の庭、植物……と波間に想起される様々なイメージを託した音たちの1つ1つを葵トリオは慈しみ、存分の詩情を漂わせながら、次第に大きな流れへと収斂させていく。そこでは晩年の武満が強く意識していた「〝歌〟への回帰」が、鮮明に浮かび上がった。日本から世界へ、世界から日本へと往復する「グローカリズム」を唱えた武満の姿はそのまま、現在の葵トリオの国際的な活躍と重なる。

後半はラヴェルが1914年に完成した三重奏曲。葵トリオは前半2人の作曲家と明らかに異なる音色、ダイナミックスを駆使して、フランス音楽の核心へと突き進んだ。第1楽章ではラヴェルの故郷バスク地方の舞曲リズムに基づく激しい動きに対し、演奏者の若さが噛み合った。第2楽章の「ゆらぎ」は多少あっさりと表現されたが、複雑な拍子構造をはじめ、再現の解像度は極めて高く、技術水準に目をみはった。第3楽章では伊東の味わい深いチェロに導かれ、先行する2つの楽章では控えめに感じられた官能性が濃密に出るとともに、秋元のピアノの低音域がオリエンタリズムを漂わせる。ヴァイオリンのハーモニクス(倍音だけを鳴らす奏法)で始まる第4楽章は軽やかな滑り出しから次第に熱を帯び、ピアノの強打に弦2人が激しく絡んで大聖堂の伽藍を思わせる巨大な音響へと到達した。もはや「若き巨匠芸」と呼べる域に達している。

(池田卓夫)

公演データ

サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン
葵トリオ ピアノ三重奏の世界~7年プロジェクト第6回

6月11日(木)19:00サントリーホール ブルーローズ(小ホール)

ピアノ三重奏:葵トリオ
ピアノ:秋元孝介
ヴァイオリン:小川響子
チェロ:伊東裕

プログラム
ベートーヴェン:ピアノ三重奏曲第6番 変ホ長調Op.70-2
武満徹:「ビトゥイーン・タイズ」
ラヴェル:ピアノ三重奏曲

アンコール
リリ・ブーランジェ:「春の朝に」

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池田 卓夫

いけだ・たくお

2018年10月、37年6カ月の新聞社勤務を終え「いけたく本舗」の登録商標でフリーランスの音楽ジャーナリストに。1986年の「音楽の友」誌を皮切りに寄稿、解説執筆&MCなどを手がけ、近年はプロデュース、コンクール審査も行っている。

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