歌手が大健闘、オーケストラは中音域主体の音作りに成功
本国イギリスでは「メサイア」「エリア」と並ぶ〝三大オラトリオ〟とされているエルガー「ゲロンティアスの夢」(1865)。日本では〝珍曲〟扱いされがちだが上演はそれなりにあり、2018年7月、ジョナサン・ノット指揮、東京交響楽団は記憶に新しく、同響は2005年3月にも大友直人指揮で演奏、1992年9年にはヒコックス指揮で新日本フィルが上演、個人的にはこのとき初めて「生」に接した。バルビローリ指揮の1964年録音も有名。
エルガーはイギリスでは少数派のカトリックだったため、このオラトリオ(というか音楽劇と考えるほうが理解しやすい)はプロテスタント系には存在しない「煉獄」の発想があり、死に瀕した主人公=ゲロンティアスが天国へ行けるか地獄堕ちするか悩み、天使に導かれて天国へ、というわかり易いストーリーを持つ。天国の扉が開く箇所では短いフェルマータの後で銅鑼や、太鼓、ティンパニ、シンバル、オルガンがfffz(フォルツァティッシシシモ/極めて強く、瞬間的に叩きつける)でドッシャ~ン!と一発打ち鳴らすという俗っぽい箇所も用意され、案外親しみやすい。
全くの個人的感想ながら、主人公がうじうじ悩む第一部(35分)と、第二部(57分)半ばに配置された悪魔の合唱(新国立劇場合唱団の正確なピッチとアンサンブルにビックリ)に至るまでが感動的でスリリング。「天国」から先は少し退屈かな、という印象をもっていた。しかし今回その認識を改めた。歌手が素晴らしかったことに加えて、テンポをかなり速めに設定して事前予告「100分」を92分で駆け抜けたボルトン指揮の明確な再構築の勝利だろう。
ゲロンティアスを歌ったトーマス・アトキンスは前/後半を明瞭に歌い分けていた。前半の20分近く続くソロ部分では、五線譜から上に飛び出す高声にファルセットを多用して「あれれ」と思わせたが、第二部以降、天国入りが近くなってからはワーグナー・テノールの本領発揮、確信に満ちた力強い美声に変わって聴き手を驚かせた。天使を歌ったメゾ・ソプラノのベス・テイラーも底光りする太い声を使った、少しだけオペラ的な歌唱を聴かせて感動させた。
オーケストラは順に14/14/12/10/8名という中音域が分厚い変わった編成。これはヴィオラやチェロのくすんだ響きを中心に据えたエルガーのオーケストレーションに合致し、冒頭から不思議な音響世界を醸し出していた。もっとも終演後に再確認したところ、この形は「第1ヴァイオリン2名が体調不良で急に欠員となったため」によるケガの功名という笑い話付きだった。
(渡辺和彦)
公演データ
読売日本交響楽団 第657回定期演奏会
4月28日(火) 19:00サントリーホール 大ホール
指揮:アイヴァー・ボルトン
天使(メゾ・ソプラノ):ベス・テイラー
ゲロンティアス/魂(テノール):トーマス・アトキンス
司祭/苦悶の天使(バリトン):クリストファー・モルトマン
合唱:新国立劇場合唱団
合唱指揮:冨平恭平
管弦楽:読売日本交響楽団
コンサートマスター:林 悠介
プログラム
エルガー:オラトリオ「ゲロンティアスの夢」Op.38
わたなべ・かずひこ
音楽評論家。北海道生まれ。弦楽器と歌(他ジャンルを含む)、猫、小鳥好き。
NHK「朝のバロック」他の企画構成を約20年担当、FM東京(現トーキョーFM)クラシック番組担当も長く務める。前後して「ヴァイオリニスト33」(河出書房新社)、「ヴァイオリン・チェロ名曲名演奏」(音楽之友社)、「ラテン・クラシックの情熱」(水曜社)などを発表。最初の著作「クラシック辛口ノート」(洋泉社)のため「辛口評論家」と言われることも多いが実はそれほどでもない。










