サントリーホールの優れた音響空間を使ってオペラ作品を採り上げる「ホール・オペラ」は、同ホール独自の公演形態として人気を集めてきた。その歴史に燦然と輝く名作のひとつが中国出身の作曲家、タン・ドゥンに同ホールが委嘱・初演した「TEA~茶は魂の鏡~」。評判を呼んだ現代オペラの傑作が7月3、4日、同ホールでは20年ぶりに上演される。ホール・オペラならではの印象的な舞台を満喫する絶好の機会となりそうだ。(深瀬満)
日本人に身近なお茶を題材に、普遍的な愛と死のドラマを描く全3幕のオペラは2002年10月、作曲者自身の指揮とNHK交響楽団などによって同ホールで世界初演され、大きな話題となった。タン・ドゥンはそれまでに映画「グリーン・デスティニー」の音楽で米アカデミー賞(2001年)やグラミー賞(02年)を獲得したり、日本ではN響の委嘱で「オーケストラル・シアターⅣ 門」(1999年11月初演、シャルル・デュトワ指揮)を作曲したりと、急速に評価と注目度を高めていた。
そんな当代屈指の人気作曲家による象徴的なシアトリカル・ピースとあって、「TEA」は世界的な注目を浴びた。欧米や中国の歌劇場で相次いで上演され、サントリーホールでも2006年9月に同ホール20周年記念フェスティバル公演で再演された。今回はそれ以来、2倍の節目となる開館40周年記念として、新演出での再々演が決まった。
物語は、9世紀前後の日本と中国(唐)を舞台に展開される。日本の皇子・聖嚮(せいきょう)と唐の皇女・蘭(らん)の恋に、茶の聖典「茶経」をめぐる聖嚮と蘭の弟の皇子との争いが絡んで、悲劇的な結末に至る。タン・ドゥンは「この上演を通じて世界に向けて平和のメッセージを届けられるよう願っている」と語っている。
特徴的なのは、第1幕には水と火、第2幕に紙、第3幕に陶器と石というように、本人が長く作曲行為でモチーフとしている素材が記され、実際の演奏にも登場する点だ。
2002年10月の初演舞台は、いまなお強烈なイメージを残す。お茶の儀式に不可欠な要素である上記の水と紙、陶器が、音楽上も演出上も重要な働きをして、作曲者固有の音楽語法を雄弁に示した。器に入った水をすくってはかきまぜる流れの音、のぼり状に縦長の大きな紙を叩いたり揺らしたりして生まれる風のような効果、そして打ち鳴らされる陶器と石、いずれもが東洋風の土俗的な色合いを醸し、ユニークな世界を築きあげた。コンサートホールの作りを生かした名手ピエール・アウディの演出にも、工夫が凝らされていた。
オーケストラは特殊奏法を多用して独特な響きを織りなし、時には中国風の音色を繰り出した。面白かったのは、譜面台にある紙の楽譜のページをめくって戻す、バサッという音まで楽音にしてしまう発想。実際に多くの楽員が一斉に譜面をめくると、音量と共に視覚上の効果もあがって、作曲者の卓越した計算と劇的センスに感心したのを思い出す。タブレットを譜面台に載せる奏者が増えた今では、不可能になった演出なのかもしれない。
さて再々演の演出家には、中国で生まれてニューヨークで学び、映画監督や万博の展示館クリエイターまで務める才人、シャーウッド・フーが指名された。作曲者の盟友で、すでにこのオペラの演出を手掛けた経験もある。音楽と映像を効果的に組み合わせる術に長けており、「ホールの構造を生かしたオペラ空間を作り上げるつもり。映画のような感覚と没入感ある体験を楽しんでもらえれば」と意気込んでいる。
歌手陣では主役のひとり、日本の高僧、聖嚮を、幅広いレパートリーを持つバリトン、マーテー・ヘルツェグが急きょ務めることになった。この4月にもハンガリーで「TEA」公演に出たばかりという実力者だ。もう一方のヒロイン、唐の皇女・蘭はソプラノの名花、ルーシー・フィッツ・ギボンが担う。全米各地のオーケストラと共演し、「TEA」では23年の上海公演から同役に出演している。唐の皇子にはサントリーホールのオペラ・アカデミーで研さんを積んだテノール、石井基幾が登場する。やはり23年の「TEA」上海公演に日本人キャストとして初参加し、それ以降、他都市の公演で役作りに磨きをかけてきた。
指揮は作曲者本人が行う自作自演で、オペラ演奏に伝統のある東京フィルとコンビを組む。僧侶たちのコーラスは新国立劇場合唱団が担当するなど、キャストはそろった。20年ぶりにサントリーホールに帰ってくる「TEA」、現代オペラの精華を本家本元で味わえる、またとないチャンスだ。
公演データ
サントリーホール開館40周年記念
ホール・オペラ タン・ドゥン:「TEA ~茶は魂の鏡~」
(全3幕・日本語&英語字幕付)
7月3日(金)19:00、4日(土)17:00 サントリーホール
作曲・指揮:タン・ドゥン
演出:シャーウッド・フー
舞台監督:蒲倉 潤
衣裳デザイン:桜井久美
聖嚮(日本の高僧):マーテー・ヘルツェグ
蘭(唐の皇女):ルーシー・フィッツ・ギボン
唐の皇子:石井基幾
唐の皇帝:アポロ・ウォン
陸(陸羽の娘):イン・デン
僧侶たち:新国立劇場合唱団
3人の打楽器奏者:チェンチュー・ロン/稲野珠緒/神田佳子
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
公演特設ページ
サントリーホール開館40周年記念
ホール・オペラ タン・ドゥン:「TEA ~茶は魂の鏡~」|サントリーホール
ふかせ・みちる
音楽ジャーナリスト。早大卒。一般紙の音楽担当記者を経て、広く書き手として活動。音楽界やアーティストの動向を追いかける。専門誌やウェブ・メディア、CDのライナーノート等に寄稿。ディスク評やオーディオ評論も手がける。










