日本、とりわけ首都圏では毎年秋になると人気・実力を兼ね備えた指揮者やオーケストラ、アーティストの来日が相次ぎ、毎日が国際音楽祭のような活況を呈するが、今年もさまざまなコンサートが予定されている。そうした中でサイモン・ラトル指揮、バイエルン放送交響楽団(BRSO)も大きな注目を集めている。そこで同コンビによる2度目の日本公演の聴きどころについて紹介したい。
(宮嶋 極)
ラトルとBRSOの信頼関係が深まってきた時期だからこそ実現した多彩なプログラムの日本公演
今回の来日公演の特徴はプログラムの多彩さであろう。主催者(ジャパン・アーツ)のホームページに掲載されているインタビュー記事の中でラトルは「BRSOのようなオーケストラが、どれほど幅広いレパートリーを持っているかを日本の皆さんに披露したい」との趣旨のことを語っている。この言葉通り、ベートーヴェン、シューベルト、ドヴォルザーク、マーラー、ベルク、ラフマニノフ、ストラヴィンスキー、武満と古典からロマン派、新ウィーン楽派、現代までと時代と国境を超越し、まったく異なる性格の作品が並ぶ。BRSOのようにドイツの放送局が運営母体となるオーケストラはレパートリーが広いことで知られているが、ラトルもバロックからモダンまで幅広いレパートリーを自在にこなす指揮者であり、両者がうまくかみ合っているからこそ、実現できるツアー・プログラムであろう。旧知のBRSO古参メンバーによると「マエストロ・ラトルとわれわれは今、とても良い関係にあり、さらに充実の度合いを深めているタイミングでの日本公演となる」と語っていた。
ラトルの斬新な解釈によって作品に内在する魅力が引き出される
日本公演の演目のうち11月24日、東京芸術劇場での公演で演奏されるマーラーの交響曲第2番「復活」については当サイト「ウチのイチ推し」のコーナーで主催者発の記事(サー・サイモン・ラトル指揮バイエルン放送響がこの秋来日! | CLASSICNAVI)を公開しているので、こちらを参照いただくとして、本稿では22日、ミューザ川崎シンフォニーホールと26日、サントリーホールでの公演のメインとなっているシューベルトの交響曲第8番ハ長調「ザ・グレイト」についてクローズアップしたい。
筆者は1990年代、ラトルがバーミンガム市響音楽監督の頃から注目し、96年夏からウィーン・フィルと頻繁に共演するようになり、その後、ベートーヴェン・ツィクルスを敢行、さらにベルリン・フィル首席指揮者時代から現在に至るまで取材を重ねてきた。筆者が抱くラトルの印象は固定観念にとらわれずに、通りいっぺんの演奏は決して行わない指揮者、というものだ。例えばウィーン・フィルとの初共演となった96年のザルツブルク音楽祭。プログラムはベートーヴェンの交響曲第6番とバルトークの管弦楽のための協奏曲。この組み合わせではベートーヴェン→バルトークと演奏することが多いと思われるが、この時、ラトルは逆の順で演奏した。それだけでも少なからず驚かされたが、「田園」を聴いてもっと驚いた。当時は現在ほどピリオド演奏が演者・聴衆の双方に浸透していなかった。そうした中でウィーン流の伝統を大切に守ってきたウィーン・フィルを相手にアーティキュレーションを見直したり、ヴィブラートをかけない箇所を増やしたりとピリオドの要素を大幅に取り入れた演奏をさせたからだ。標題音楽に近い田園交響曲をこうしたスタイルで演奏させたことで古典派からロマン派へと移行していく時期の作品に内在する奥深さ、豊かな情感が引き出され新鮮ながらも味わい深い演奏に仕上がった。終演後、祝祭大劇場は大喝采に包まれ、これが契機となりウィーン・フィルとの関係が急速に深まっていった。
古典からロマン派、そして後期ロマン派への繋がりを感じさせてくれるラトルの演奏
こうしたラトルのベートーヴェンに対するアプローチは時代が少し後のシューベルトの作品にも当てはまる。現在、ネット上ではラトルの指揮するシューベルト交響曲第8番はベルリン・フィルのデジタル・コンサートホールとヨーロッパ室内管(COE)による配信で視聴することができる。これらを視聴してみると収録が最近のCOEとの演奏が今のラトルらしさをより如実に表している。ヴィブラートはかなり抑え気味で20世紀の巨匠指揮者たちの演奏に比べると随所でアーティキュレーションやアクセントによる強調の仕方が見直され、音楽全体に新たな生命力が宿ったような印象を与えている。古楽的な奏法を取り入れる一方でシューベルトならではの旋律美を生かすためにテンポや強弱を柔軟に変化させることなどによって豊かな抒情性を創出しているのも大きな特色といえるだろう。これを聴いているとワーグナーやブルックナー、マーラーといった後期ロマン派に繋がっていく音楽の源流がこの作品に内在していたことを改めて認識させられる。主催者ホームページに掲載されたインタビュー記事の中でラトルは「私は今でも、ワーグナーとはある意味〝ステロイドを打った(過剰に強化された)シューベルト〟のような存在だと思っています」と語っている。今回のBRSOとの演奏ではそうした要素がさらにスケールアップして聴こえてくるに違いないだろう。
※インタビュー記事の全文はこちらから
『サイモンの言葉』Vol.1~Vol.5 ―BRSO日本ツアーに寄せて― | クラシック音楽事務所ジャパン・アーツクラシック音楽事務所ジャパン・アーツ
公演データ
サイモン・ラトル指揮 バイエルン放送交響楽団 日本公演
〇11月21日(土)17:00 兵庫県立芸術文化センター
ピアノ:クリスティアン・ツィメルマン
武満徹:鳥は星形の庭に降りる
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番ト長調Op. 58
ストラヴィンスキー:バレエ音楽「春の祭典」
〇11月22日(日)17:00 ミューザ川崎シンフォニーホール
ヴァイオリン:イザベル・ファウスト
ドヴォルザーク:スケルツォ・カプリチオーソOp. 66
ベルク:ヴァイオリン協奏曲
シューベルト:交響曲第8番ハ長調D. 944「ザ・グレイト」
〇11月24日(火)19:30 東京芸術劇場コンサートホール
ソプラノ:ルーシー・クロウ
メゾ・ソプラノ:カレン・カーギル
新国立劇場合唱団
マーラー:交響曲第2番ハ短調GWV30「復活」
〇11月25日(水)19:00 サントリーホール
ピアノ:クリスティアン・ツィメルマン
武満徹:鳥は星形の庭に降りる
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番ト長調Op. 58
ストラヴィンスキー:バレエ音楽「春の祭典」
〇11月26日(木)19:00 サントリーホール
ヴァイオリン:イザベル・ファウスト
ドヴォルザーク:スケルツォ・カプリチオーソOp. 66
ベルク:ヴァイオリン協奏曲
シューベルト:交響曲第8番ハ長調D. 944「ザ・グレイト」
〇11月27日(金)19:00 サントリーホール
ピアノ:クリスティアン・ツィメルマン
武満徹:鳥は星形の庭に降りる
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番ト長調Op. 58
ラフマニノフ:交響曲第3番イ短調Op. 44
※チケットの追加発売等の詳細は主催者ホームページをご参照ください。
サー・サイモン・ラトル指揮 バイエルン放送交響楽団 | クラシック音楽事務所ジャパン・アーツクラシック音楽事務所ジャパン・アーツ
みやじま・きわみ
放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。










