アレクサンダー・リープライヒ指揮 日本フィルハーモニー交響楽団 第780回東京定期演奏会

生から死、そして変容へと至る音の旅路

「悲しみ」で始まり「死と変容」で終わる並び。間にはさまる2曲は、三善晃に武満徹の密やかな名品という凝った構成。企画時には意図せずとも、世界情勢が日々、緊張度を増す直近ではアクチュアルな「死」を連想させ、どこか時局とシンクロして聞こえる。ドイツの名匠、アレクサンダー・リープライヒが日本フィルを振った東京定期演奏会である。

指揮台に立ったアレクサンダー・リープライヒ ©️山口敦
指揮台に立ったアレクサンダー・リープライヒ ©️山口敦

この指揮者は前回の客演でも、ハイドンとR.シュトラウスの間に現代ものを置く4曲プロを披露した。ミュンヘンに住む身に、「二人は身近で欠かせない存在」といい、今回の2作品も「暗い曲ではなく、神聖な崇高さを持っている」とのコメントを事前に寄せた。

したがってハイドンの交響曲第44番「悲しみ」ホ短調では、8型(第1ヴァイオリンから8-8-6-4-3)に切り詰めた反応が良いアンサンブルから、しなやかなテクスチュアを引き出した。弦楽器は基本的にノン・ヴィブラートだが、内声部の手厚い響きが管楽器とのまろやかなブレンド感を醸す。ヴァイオリンが弱音器付きで奏でる第3楽章アダージョでは、秘めやかで抑制の利いた表情が際立つ。鮮烈な第4楽章プレストとの対比が効果的だ。

ハイドンの交響曲第44番「悲しみ」ホ短調 ©️山口敦
ハイドンの交響曲第44番「悲しみ」ホ短調 ©️山口敦

続く三善晃「谺(こだま)つり星」(チェロ協奏曲第2番)は作曲者の戦争体験を反映し、死者の谺たちが吊(つ)るされて揺れる連想から生まれた。1996年にサントリーホール10周年で委嘱初演された、会場ゆかりの名品だ。独奏の佐藤晴真は持ち前のノーブルでスムーズな奏風をフルに展開し、ソロに色艶ある温かみを通わせた。見通しの良いバックは、自然な鮮やかさで応えた。雰囲気の流れを壊さない荘重なアンコール(バッハ)が好ましい。

三善晃「谺つり星」では、佐藤晴真がソリストを務めた ©️山口敦
三善晃「谺つり星」では、佐藤晴真がソリストを務めた ©️山口敦

後半は武満徹の「群島S.―21人の奏者のための」で幕を開けた。オーケストラは舞台上の3群と、1階平土間の両脇に1人ずつ置いたクラリネットの計5群に分かれ、あたかも離れた島々が対話するような空間芸術になった。静ひつで、どこかヒンヤリとした寂寥(せきりょう)感を漂わせる武満ならではの音世界を、リープライヒは強い共感を持って描出した。

武満徹「群島S.―21人の奏者のための」では、オーケストラは舞台上の3群と、1階平土間の両脇に1人ずつ置いたクラリネットの計5群に分かれた ©️山口敦
武満徹「群島S.―21人の奏者のための」では、オーケストラは舞台上の3群と、1階平土間の両脇に1人ずつ置いたクラリネットの計5群に分かれた ©️山口敦

最後のR.シュトラウス「死と変容」で、ようやくオーケストラは16型のフル編成になった。指揮者は余分な粘りのないすっきりした解釈を繰り広げていく。死が浄化され変容していった幕切れの後、長い静寂に包まれ、わっと拍手が巻き起こった。期せずして生から死、そして変容へと至る音の旅路に浸る、心に響く一夜となった。
(深瀬満)

R.シュトラウス「死と変容」 ©️山口敦
R.シュトラウス「死と変容」 ©️山口敦

公演データ

日本フィルハーモニー交響楽団 第780回東京定期演奏会

5月22日 (金) 19:00サントリーホール 大ホール

指揮:アレクサンダー・リープライヒ
チェロ:佐藤晴真
管弦楽:日本フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:扇谷泰朋

プログラム
ハイドン:交響曲第44番「悲しみ」ホ短調 Hob.I:44
三善晃:谺つり星「チェロ協奏曲第2番」 
武満徹:群島S.―21人の奏者のための
R.シュトラウス:交響詩「死と変容」TrV158,Op.24

ソリスト・アンコール
J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第2番 ニ短調 BWV1008より第4曲「サラバンド」

他日公演
5月23日(土)14:00サントリーホール 大ホール

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深瀬 満

ふかせ・みちる

音楽ジャーナリスト。早大卒。一般紙の音楽担当記者を経て、広く書き手として活動。音楽界やアーティストの動向を追いかける。専門誌やウェブ・メディア、CDのライナーノート等に寄稿。ディスク評やオーディオ評論も手がける。

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