パーヴォ・ヤルヴィ指揮 チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団 2026年 日本公演 1日目 ヴァイオリン ジャニーヌ・ヤンセン

至高のヨーロピアン・サウンドによる第一級のオーケストラ芸術を堪能

スイスの名門オーケストラが音楽監督のパーヴォ・ヤルヴィと来日。初日の公演を聴いた。一曲目はシューマンの「ゲノフェーファ」序曲。16型対向配置の弦の奏でるピアニッシモのまろやかで薫りのあるサウンドがすばらしい。冒頭、弦の上行する旋律がふわりと舞い上がり、クレッシェンドとともに頂点へ。ヤルヴィの指揮振りはいつものようにクールで無駄のない滑らかな棒裁きとともに劇的な聴かせ所を押さえ、最後のアッチェルラルドが鮮やか。

パーヴォ・ヤルヴィ率いるチューリッヒ・トーンハレ管弦楽団
パーヴォ・ヤルヴィ率いるチューリッヒ・トーンハレ管弦楽団(C)Ayano Tomozawa

続いてヤンセンをソリストに迎えたブラームスのヴァイオリン協奏曲。第1楽章冒頭、12型に縮小したオーケストラの第1主題は透明で静謐感に溢れ、そこからオーケストラ提示部の山場へ。ソロは明るい瑞々しい音色でフレージングに気品があり、さりげないポルタメントが印象的。安定した技巧と情熱に加えて、心の襞に寄り添うような繊細でしなやかな表現がヤンセンの魅力だが、それがヤルヴィの指揮で大いに発揮される。第2楽章の煌々としたオーボエとそれを支える他の木管との完璧なバランス、ヴァイオリンのうっすらと光沢を帯びた明るい音色と洗練の極みともいえる息の長いフレージング。終楽章もオーケストラのメリハリの効いたリズム、振幅の大きな表現とともに、人肌の温もりと華やかさ、力と情熱に溢れる燃焼度の高いソロを聴かせた。アンコールはブラームスが敬愛したバッハの独奏曲。協奏曲の火照りを冷ますと同時に、任意な装飾音や旋律と伴奏の弾き分けなど音楽的にも充実。

ジャニーヌ・ヤンセンをソリストに迎えたブラームスのヴァイオリン協奏曲
ジャニーヌ・ヤンセンをソリストに迎えたブラームスのヴァイオリン協奏曲 (C)Ayano Tomozawa

音楽監督就任7年目の成果が最もよく示されていたのがチャイコフスキー。第1楽章冒頭は仄(ほの)暗いまろやかなクラリネットとともに粛々と弾き進められる。その後もヤルヴィは余計なアゴーギクをかけず、強い統制力と不動の安定感、大きな構造の中で精緻にして堂々たる音楽を響かせる。
第2楽章冒頭の中低音など弦の渋みがかった味わい豊かなサウンドはこのオーケストラの持ち味だろう。ホルンのソロの輪郭のくっきりとした音色と木管とのやり取り、再現部の弦の大河のごとき歌や金管の激烈な「運命の動機」が印象的。
第3楽章は3拍子の柔らかなリズムに乗って軽妙にアゴーギクを施しながらフレーズを長く歌い継いでいく。
終楽章のマーチは憧憬と希望と力に満ち、隅々まで明快。しっかりと手綱を引き締めつつ、各人から自発性と内的な愉悦を引き出す指揮者の手腕はさすがだ。オーケストラから豊かなサウンドを引き出し、「運命の動機」を高らかに打ち鳴らして歓喜のコーダへとなだれ込んだ。

チャイコフスキーの交響曲第5番では、パーヴォ・ヤルヴィがオーケストラから豊かなサウンドを引き出した
チャイコフスキーの交響曲第5番では、パーヴォ・ヤルヴィがオーケストラから豊かなサウンドを引き出した(C)Ayano Tomozawa

アンコールで奏でられた「エレジー」の気品に輝く弱音と精妙な表現の醸し出す透明な詩情が心に沁みる。至高のヨーロピアン・サウンドによる第一級のオーケストラ芸術を堪能した。

(那須田務)

公演データ

パーヴォ・ヤルヴィ指揮 チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団 2026年 日本公演 1日目
ヴァイオリン ジャニーヌ・ヤンセン

5月17日(日) 13:30横浜みなとみらいホール 大ホール

指揮:パーヴォ・ヤルヴィ
ヴァイオリン:ジャニーヌ・ヤンセン
管弦楽:チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団

プログラム
シューマン:歌劇「ゲノフェーファ」序曲Op.81
ブラームス:ヴァイオリン協奏曲ニ長調Op.77
チャイコフスキー:交響曲第5番ホ短調Op.64

ソリスト・アンコール
バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ 第2番「サラバンド」

アンコール
ヒューゴ・アルヴェーン:劇付随音楽「グスタフ2世アドルフ」Op.49より第7曲〝エレジー〟

他日公演
5月19日(火) 19:00サントリーホール 大ホール

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那須田 務

なすだ・つとむ

音楽評論家。ドイツ・ケルン大学修士(M.A.)。89年から執筆活動を始める。現在『音楽の友』の演奏会批評を担当。ジャンルは古楽を始めとしてクラシック全般。近著に「古楽夜話」(音楽之友社)、「教会暦で楽しむバッハの教会カンタータ」(春秋社)等。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。

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