東京・春・音楽祭2024 ショスタコーヴィチの室内楽

青年期の闘争心、壮年期の焦燥、最晩年の達観――1つの物語の如(ごと)き音楽

これは緊張感漲(みなぎ)る凄絶(そうぜつ)なコンサートだった。東京・春・音楽祭の「ショスタコーヴィチの室内楽」。チェロ、ヴァイオリン、ヴィオラの各ソナタを、上野通明、周防亮介、田原綾子にピアノの北村朋幹を加えた凄腕(すごうで)の精鋭たちが披露する。ならば個性と名技の饗宴(きょうえん)になる(むろんそういう要素もあったが)かと思いきや、耳にしたのは作曲者の生涯や心境を追った1つの物語の如き音楽だった。

チェロ・ソナタでは、上野(チェロ)と北村(ピアノ)が終始シリアスで攻撃的な音楽を展開した(C)平舘平/東京・春・音楽祭2024
チェロ・ソナタでは、上野(チェロ)と北村(ピアノ)が終始シリアスで攻撃的な音楽を展開した(C)平舘平/東京・春・音楽祭2024

その要因はまず北村のピアノにある。彼は、各奏者の持ち味に沿いながら、時に激烈な打鍵で相手を煽(あお)り、作品の音調を巧みに示して、コンサートに一貫性をもたらした。もう1つは最初のチェロ・ソナタの表現だ。3曲の内これだけが若き日の平明な作品。思索的で透徹した他の2曲と違って、軽妙・快活な演奏が多い。だが上野と北村は、終始シリアスで攻撃的な音楽を展開した。機知に富んだ第2楽章も狂的なエネルギーが充満。かくも荒々しい連続グリッサンドなど初めて聴いた。第3楽章の張り詰めた静謐(せいひつ)感やユーモアを排した終楽章を含めて、明らかに後の2曲を意識した表現だ。
ヴァイオリンの周防もまたアグレッシヴに進行。遅い両端楽章は戦慄(せんりつ)的な迫真性が支配し、軽めの第2楽章も厳しさに溢(あふ)れた鬼気迫る音楽となる。だが休憩を挟んだヴィオラの田原は、逆に温かみをも湛(たた)えながらじっくりと奏でる。終楽章の「月光」ソナタの引用が人生の回顧を想起させながら、安寧と共に消えていく。この最後は胸に染みた。

緊張感漲る凄絶なコンサートを繰り広げた精鋭たち(左から北村、上野、周防、田原)(C)平舘平/東京・春・音楽祭2024
緊張感漲る凄絶なコンサートを繰り広げた精鋭たち(左から北村、上野、周防、田原)(C)平舘平/東京・春・音楽祭2024

チェロ・ソナタが青年期の闘争心、ヴァイオリン・ソナタが壮年期の焦燥、ヴィオラ・ソナタが最晩年の達観を表すかのような、ドラマ性を持った流れには感嘆しきり。今年の当音楽祭の真の白眉は本公演なのかもしれない。(柴田克彦)

公演データ

東京・春・音楽祭2024
ショスタコーヴィチの室内楽 

2024年3月29日(金)19:00東京文化会館小ホール

ヴァイオリン:周防亮介
ヴィオラ:田原綾子
チェロ:上野通明
ピアノ:北村朋幹

プログラム
ショスタコーヴィチ:
チェロ・ソナタ ニ短調 Op.40
ヴァイオリン・ソナタ ト長調 Op.134
ヴィオラ・ソナタ ハ長調 Op.147

柴田克彦
柴田克彦

しばた・かつひこ

音楽マネジメント勤務を経て、フリーの音楽ライター、評論家、編集者となる。「ぶらあぼ」「ぴあクラシック」「音楽の友」「モーストリー・クラシック」等の雑誌、「毎日新聞クラシックナビ」等のWeb媒体、公演プログラム、CDブックレットへの寄稿、プログラムや冊子の編集、講演や講座など、クラシック音楽をフィールドに幅広く活動。アーティストへのインタビューも多数行っている。著書に「山本直純と小澤征爾」(朝日新書)。

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