~69~ メモリアル・イヤーズとピアソラのオーケストラ作品

8月にはピアソラの肉声や演奏を収録したDVD「ネクスト・タンゴ」(UCBG-9342)がユニバーサル・ミュージックよりリリースされている
8月にはピアソラの肉声や演奏を収録したDVD「ネクスト・タンゴ」(UCBG-9342)が
ユニバーサル・ミュージックよりリリースされている

2021年はアストル・ピアソラの生誕100周年であり、2022年は彼の没後30周年にあたり、クラシック界でも彼の作品が例年以上に演奏された。


 タンゴに革命を起こしたバンドネオン奏者兼作曲家として知られるピアソラは、若い頃にクラシック音楽の作曲も学んだ。まずは、1941年から5年間、ピアソラより5歳年上のアルベルト・ヒナステラに師事した。


 1951年に書かれた「シンフォニア・ブエノスアイレス」は、ほぼ3管編成、多種の打楽器、ピアノ、チェレスタ、2つのバンドネオン、そして弦楽器というかなり大きめの編成を取る。3つの楽章からなり、第2楽章では濃厚なカンタービレが聴け、第3楽章では複雑なリズムが用いられる。ピアソラがクラシックの作曲家を目指していたことがわかる意欲作。日本では、ようやく、2021年5月にアンドレア・バッティストーニ&東京フィルによって初演された。複数の版があるが、オリジナル通り、二人のバンドネオン奏者(小松亮太、北村聡)が参加していたのが特筆される。


 その後、1954年、ピアソラは、パリへ留学し、高名なナディア・ブーランジェに師事した。クラシック音楽を学びにいったピアソラであったが、彼の作ったタンゴ作品を聴いたブーランジェに「タンゴこそ、あなたの音楽。それを捨ててはいけない」と言われ、自らの作曲の方向性を自覚するきっかけとなった。

 1972年に作曲された、9人のタンゴ奏者と管弦楽のための「螺鈿(らでん)協奏曲」は、当時のピアソラが組んでいた九重奏団「コンフント9」(バンドネオン、2つのヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、ピアノ、ギター、ドラムス)とオーケストラとの共演を想定して書かれた。急緩急の3つの楽章からなる、合奏協奏曲的ともいえる作品。なお、螺鈿細工の装飾はバンドネオンの象徴ともいえる。多数のソリストを必要とする作品だけに、めったに演奏されることがない。今年11月25日に、オリジナルのソリスト編成とは多少異なるが、バンドネオンの三浦一馬を中心に、ヴァイオリンの石田泰尚、﨑谷直人、チェロの笹沼樹、ギターの朴葵姫、ピアノの山中惇史、高橋優介、タクティカートオーケストラによって演奏されるのは貴重な機会といえよう。


 ピアソラの最も有名なオーケストラを使った作品であるバンドネオン協奏曲「アコンカグア」は1979年に書かれた。独奏バンドネオンと管楽器を含まないオーケストラという編成。第2楽章が無伴奏のバンドネオンのソロで始まる心にしみる歌謡的な緩徐楽章。「アコンカグア」とは南米最高峰の山の名前で、出版社によってそのニックネームがつけられた。2021年には、たとえば、三浦一馬のバンドネオン独奏、原田慶太楼指揮NHK交響楽団によって取り上げられ、その演奏はライヴ録音され、ディスクで聴くことができる。 

 今やピアソラのタンゴ作品をクラシックの演奏家が弾くことは珍しくないが、ピアソラのオリジナルのオーケストラ作品が聴けたのは、メモリアル・イヤーズならではの好機であったといえよう。

山田 治生
山田 治生

やまだ・はるお

音楽評論家。1964年、京都市生まれ。87年、慶応義塾大学経済学部卒業。90年から音楽に関する執筆を行っている。著書に、小澤征爾の評伝である「音楽の旅人」「トスカニーニ」「いまどきのクラシック音楽の愉しみ方」、編著書に「オペラガイド130選」「戦後のオペラ」「バロック・オペラ」などがある。

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