作品に縁(ゆかり)のホールとオルガンによる芥川の「響き」と充実した聴体験の「ツァラトゥストラはかく語りき」
6月の都響の定期演奏会から、小泉和裕の指揮するモーツァルトと芥川也寸志、リヒャルト・シュトラウスの一夕を聴いた。

一曲目は、モーツァルトが「青春の旅」途上のパリで同地のコンセール・スピリチュエルのために書いた交響曲第31番。モーツァルトがパリの聴衆の好みを研究し、様々な工夫が凝らされているが、特にこうした点は意識されない。けれども、両端楽章は溌剌(はつらつ)として弦楽器の活舌のよいアーティキュレーションが活発な精神を感じさせ、緩徐楽章(初稿)の弦のフレージングは優美でチャーミング。
続いて、今年生誕100年の芥川也寸志がサントリーホールの落成式典(1986年)のために作曲し、初演された「オルガンとオーケストラのための〝響〟」。作品に縁(ゆかり)のホールとオルガンでの演奏が注目される。ソリストは大木麻理。弱音の繊細なパッセージに続いてオルガンが登場し、凄まじい和音を響かせる。ホール全体が共鳴するような壮麗なサウンドでトッカータ風の音楽ということもあるだろう、大木の演奏は北ドイツのオルガンを思わせるシャープな音の輪郭をそなえた峻厳なもので、オーケストラもこれに呼応して集中度と純度の高い演奏を繰り広げる。強靭なオスティナート、愉悦に満ちたコンガのリズムなど印象的な場面が多い。最後にオーケストラとオルガンが煌々(こうこう)たるハ長調の和音を轟かせた。強烈なインパクトを与えずにおかない秀演だ。

ハ長調は、リヒャルト・シュトラウスの「ツァラトゥストラはかく語りき」では「自然」の象徴。トランペットが高らかに、かの「自然の主題」を響かせる。その後は様々な主題が丁寧に扱われ、表現に無駄がなく、サウンドのテクスチャーの明度も高い。舞台上のリモート・コンソールで同ホールの大オルガンを奏でる大木は芥川作品と違い、オーケストラに溶け込んで柔らかなサウンドで包み込む。華やかで愉悦に満ちた「舞踏の歌」の見事なヴァイオリン・ソロと長大なクライマックス。真夜中を告げる鐘が鳴り響き、最後は「人間」を象徴するロ調と「自然」のハ調が平行して奏でられ、後者で曲を閉じる。疑問符を投げかけるような終わり方の思想的な意味はともかく、シュトラウスがニーチェに共感し、音楽で表現した内容がこの上なく明快に示され、充実した聴体験が得られたことは大きな収穫だった。
(那須田務)

公演データ
東京都交響楽団 第1022回定期演奏会Bシリーズ
6月5日(木)19:00サントリーホール 大ホール
指揮:小泉和裕
オルガン:大木麻理
管弦楽:東京都交響楽団
コンサートマスター:水谷 晃
プログラム
モーツァルト:交響曲第31番ニ長調K.297(300a)「パリ
芥川也寸志:オルガンとオーケストラのための「響」(1986)
リヒャルト・シュトラウス:交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」Op.30

なすだ・つとむ
音楽評論家。ドイツ・ケルン大学修士(M.A.)。89年から執筆活動を始める。現在『音楽の友』の演奏会批評を担当。ジャンルは古楽を始めとしてクラシック全般。近著に「古楽夜話」(音楽之友社)、「教会暦で楽しむバッハの教会カンタータ」(春秋社)等。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。