主役級歌手の好演で、フランス・オペラ屈指の精華「ウェルテル」の抒情的な魅力を満喫
マスネの「ウェルテル」はフランス・オペラ屈指の精華。原作がゲーテの傑作「若きウェルテルの悩み」だけあって知名度は高い。新国立劇場が2016年にプレミエを出した舞台が、2度目の再演を迎えた。こうしたフランス物をレパートリー上演で取り上げてこそ、オペラハウスとしての厚みが出るというもの。キャストも高水準で、質感に富んだ美しい舞台ともども、抒情的な作品の魅力を満喫させた。
成功の要因は、まず主役級歌手の好演だ。題名役の若き詩人には、米国出身のリリック・テノール、チャールズ・カストロノーヴォが同劇場に初登場、しかも初役という。近年は力強さを兼ね備えたリリコ・スピントの役に進出しているだけあって、ナイーヴな苦悩より、一途な情熱を前面に出した強健な役作りに専心。第1幕から徐々にボルテージを上げ、第3幕の有名な「オシアンの詩」を高らかに歌い上げて頂点を形作った。
もう一人の主役、大法官の娘シャルロットでは、進境の著しいメゾソプラノ、脇園彩が期待にたがわない熱唱を披露した。ロッシーニなどイタリアのベルカント作品で名を上げた脇園だが、性急にキャリアを追わずレパートリーを慎重に広げ、自分の声に合った作品へ取り組む道を選んできた。その流れでフランス・オペラと出会った。
音域の上から下までむらの無い、コントロールが効いた声を駆使し、フランス語の発音も自然。前半では子供たちに慕われる姉らしい落ち着きを印象づけ、後半の山場で十分な声量に支えられたドラマチックな表現力を全開にした。第3幕冒頭の「手紙の歌」や終幕で瀕死のウェルテルと絡む場面で、ヒロインの揺れ動く心情を深くえぐり出した。
この二人を取り巻く邦人歌手も好調。シャルロットの婚約者アルベール役のバリトン、須藤慎吾は実直な深みを聞かせ、シャルロットの妹ソフィーを歌ったソプラノ、砂田愛梨は輪郭が明確で張りのある声で純真なキャラクターを表した。
ウクライナ出身で、東欧の歌劇場を中心に経験を積んだ指揮者アンドリー・ユルケヴィチは、東京フィルから重心の低い手厚い響きを引き出し、歌手の呼吸に心を配った絶妙な差配をみせた。マスネがこの作品を「ドラム・リリク」と銘打った意図を理解した温度感の高いうねりは雄弁で、くすんだ陰影を帯びる。ニコラ・ジョエルによる演出は写実的、ストーリー展開に無理がない。洋館の壁面や室内、樹木などの質感の出し方に、細やかな作り込みが見える(美術=エマニュエル・ファーヴル)。
同劇場の「ウェルテル」では、ジュゼッペ・サッバティーニが繊細な絶唱を聞かせた2002年の舞台(今回とは別のプロダクション)が忘れ難い。こうしてオペラハウスの歴史は紡がれて行くのだろう。
(深瀬満)
公演データ
新国立劇場 2025/2026シーズンオペラ ジュール・マスネ「ウェルテル」
5月24日(日)14:00新国立劇場 オペラパレス
指 揮:アンドリー・ユルケヴィチ
演 出:ニコラ・ジョエル
美 術:エマニュエル・ファーヴル
衣 裳:カティア・デュフロ
照 明:ヴィニチオ・ケリ
ウェルテル:チャールズ・カストロノーヴォ
シャルロット:脇園 彩
アルベール:須藤慎吾
ソフィー:砂田愛梨
大法官:伊藤貴之
シュミット:村上公太
ジョアン:駒田敏章
ブリュールマン:水野 優
ケッチェン:肥沼諒子
合唱指揮:平野桂子
合 唱:新国立劇場合唱団
児童合唱:世田谷ジュニア合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
プログラム
ジュール・マスネ:オペラ「ウェルテル」
全4幕(フランス語上演/日本語及び英語字幕付)
他日公演
5月26日(火)14:00、28日(木)18:00、30日(土)14:00
新国立劇場 オペラパレス
ふかせ・みちる
音楽ジャーナリスト。早大卒。一般紙の音楽担当記者を経て、広く書き手として活動。音楽界やアーティストの動向を追いかける。専門誌やウェブ・メディア、CDのライナーノート等に寄稿。ディスク評やオーディオ評論も手がける。










