ファジル・サイ「ゴルトベルク×トルコ行進曲×ブラック・アース」

サイ式ピアニズム百花繚乱! ファジル・サイ、一期一会のリサイタル

1日1日、1回1回のコンサートをその日限りのように生きるファジル・サイ。音楽へのつきぬ好奇心、聴衆とのコミュニケーションを目撃するのも彼のコンサートの醍醐味だ。3年ぶりの日本でのリサイタルは、彼のピアニズムの新たな境地を印象付ける公演となった。

ファジル・サイ
ファジル・サイが、3年ぶりの日本でのリサイタルを開催 ©Rkimaru Hotta

プログラムの「ゴルトベルク変奏曲」「トルコ行進曲付き」は、いずれもサイの代名詞と言えるレパートリー。加えて、初期から日本初演までの自作が並ぶ。アーティストとしての彼を一望できる内容だ。

「ゴルトベルク変奏曲」で際立ったのは、あくまでピアノ曲としての本作を突き詰めるサイのピアニズムと、ジャズを思わせる低音の強調やリズム感、運動性、崩し方である。バッハの音楽は強いので、本来あまり装飾で飾り立てる余地はないが、サイは冒頭の「アリア」から装飾音を連発する。さらに特徴的なのはペダルの使い方で、時に音の純度を犠牲にしてもペダルを多用し、変奏の終わりにはペダル音で余韻を残して沈黙をも装飾する。デュナーミクの振幅も大きく、アクセントも楔を打ち込むように強烈。いずれもチェンバロでは出せない効果だ。ヴィルトゥオジティの誇示も躊躇しない。第23変奏の三度平行の連続では、プロコフィエフでも聴いているようなアグレッシヴな表現が光った。音楽を反映させつつ宙に舞う手の動きのような身体性、客席に向かって身を乗り出すなど聴衆と向かい合うサイならではのパフォーマンスにも磨きがかかる。テンポを速めにとり、反復も一部省いて全体で50 分ほどを疾走。一期一会のスリリングな演奏だった。

J.S.バッハ「ゴルトベルク変奏曲」は、一期一会のスリリングな演奏だった
J.S.バッハ「ゴルトベルク変奏曲」は、一期一会のスリリングな演奏だった ©Rkimaru Hotta

後半冒頭のモーツァルトでも活気と疾走感、遊び心は持続する。そのまま切れ目なくサイ作品に突入。歌心に溢れる「セス」に始まり、低音主題が強烈な広がりを見せる瞑想的な「ナズム」とバラード風の作品が二つ。日本初演の2作品は、ストリング・グリッサンドなどの特殊奏法とジャズ風のリズム、多彩な音響が詰め込まれた「クラロス〜予言の神殿〜」と、珠玉のような「小さな黒い魚」が対比される。「ブラック・アース」「パガニーニ・ジャズ」はサイの原点とでもいうべき名作。特殊奏法に続いて湧き上がる音の泉、ジャズのリズム、歌、ヴィルトゥオジティが盛り込まれた「ブラック・アース」は、サイの全てが詰まった傑作だと改めて確認した。フルスピードで飛ばした「パガニーニ・ジャズ」、そしてアンコールの「トルコ行進曲JAZZ」で会場は熱狂。エンターテイナーの真髄を見せて最後を締め括った。

(加藤浩子)

遊び心のあるモーツァルトや日本初演を含む自身の作品で、サイはエンターテイナーの真髄を見せた
遊び心のあるモーツァルトや日本初演を含む自身の作品で、サイはエンターテイナーの真髄を見せた ©Rkimaru Hotta

公演データ

ファジル・サイ「ゴルトベルク×トルコ行進曲×ブラック・アース」

10月13日(火)19:00第一生命ホール

ピアノ:ファジル・サイ

プログラム
J.S.バッハ:「ゴルトベルク変奏曲」BWV988
モーツァルト:ピアノ・ソナタ第11番イ長調K.331「トルコ行進曲付き」
ファジル・サイ
:「セス」Op.40b
:「ナズム」Op.12/1
:「クラロス〜予言の神殿〜」Op.112(日本初演)
:「小さな黒い魚」Op.117(第1楽章、第4楽章のみ-子供のための小品、日本初演)
:「ブラック・アース」Op.8
:「パガニーニ・ジャズ」Op.5c

アンコール
ファジル・サイ:「トルコ行進曲JAZZ」

これからの他日公演
10月14日(水)19:00 住友生命いずみホール(大阪)

Picture of 加藤 浩子
加藤 浩子

かとう・ひろこ

音楽物書き。バッハを中心とする古楽およびオペラ、絵画や歴史など幅広いテーマで執筆、講演活動を行う。欧米の劇場や作曲家ゆかりの地をめぐるツアーの企画同行も行い、バッハゆかりの地を巡る「バッハへの旅」は20年を超えるロングセラー。著書に「今夜はオペラ!」「ようこそオペラ」「バッハ」「黄金の翼=ジュゼッペ・ヴェルディ」「ヴェルディ」「オペラでわかるヨーロッパ史」「オペラで楽しむヨーロッパ史」、「16人16曲でわかるオペラの歴史」(平凡社新書)など。最新刊は『名画のクラシック』(創元社)

オフィシャルホームページ
https://www.casa-hiroko.com

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