ロレンツォ・ヴィオッティ指揮 東京交響楽団 第745回 定期演奏会

合唱も独唱も驚異の完成度 叙述的な管弦楽とからんで築かれた見事な伽藍

新約聖書の最終章「ヨハネの黙示録」の内容を、ヨハネ自身が語る形式のシュミット「7つの封印の書」。1週間前にはNHK交響楽団がファビオ・ルイージの指揮で演奏(ファビオ・ルイージ指揮 NHK交響楽団 第2069回 定期公演 Aプログラム | CLASSICNAVI)し、2つの楽団がほぼ同時期に演奏するのは、まったくの偶然であったことからも注目された。両公演は甲乙つけがたい名演であったが、それぞれにスタイルは異なった。

東京交響楽団創立80周年記念第745回定期演奏会 シュミット:オラトリオ「7つの封印の書」 ⒸT.Tairadate/TSO
東京交響楽団創立80周年記念第745回定期演奏会 シュミット:オラトリオ「7つの封印の書」 ⒸT.Tairadate/TSO

歌手陣は東響の圧勝だった。このオラトリオの主役、ヨハネを歌ったマキシミリアン・シュミット(T)は、余裕のある瑞々しい声。神の声のフランツ=ヨーゼフ・ゼーリヒ(B)も深く神々しい声が安定して響く。ほか4人の歌手も適材が招聘(しょうへい)され、プロローグの独唱四重唱の美しさは特筆に値した。暗譜で歌った東響コーラスも、サントリーホールの響きに合わせて音量を抑えつつ、4声が高密度のソロのように一糸乱れず見事だった。

ヴィオッティの指揮はいい意味で、この手のオラトリオがまといがちな劇場的色彩と無縁に思われた。この指揮者はいつも、先入観のない醒(さ)めた目で作品を読み解き、細部に光を照射しながら音楽を知的に構築する。ルイージは黙示録の展開を奔流のように聴かせ、それはそれで魅力だったが、ヴィオッティに導かれる音楽はもっと叙述的である。主観が感じられない分、凄味があり、地から湧き上がるようでもあり、独唱や合唱、大木麻理の起伏に富んだオルガンと交錯しながら、見事な伽藍(がらん)が築き上げられた。

「ヨハネの黙示録」で解かれる7つの封印は、ヨハネが神から見せられた未来の光景ともいわれる。2つの大戦にはさまれ、新たな大戦の足音が聴こえそうな時期に、体調の悪化を押して作曲した最晩年のシュミットにとり、黙示録の内容が身近だったことは想像に難くない。第1の封印の白い馬は颯爽(さっそう)たるキリストだが、第2の封印からは殺戮(さつりく)に飢餓、疫病に地震と、人間にとっての試練の連続である。それが表現主義的な描写も交えて叙述的かつ写実的に奏され、作曲時のシュミットの心中が見えるようで、なにかときな臭い今日が映し出されているようにも感じられた。

7つ目の封印が解かれたのち、7人の天使が吹き鳴らすラッパによって次々と災厄がもたらされる場面は、長大で複雑な四重フーガだが、透明かつ精妙に奏された。この辺りの完成度にも、凄味が感じられる。

神によってやっと救いがもたらされ、「ハレルヤ」に至るが、よろこびのはずが、必ずしも明るくない。「もう災厄をもたらさないでくれ!」という悲痛な叫びに聴こえて仕方なかった。それはシュミットの叫びであるとともに、この曲をいま演奏すべきだと考えたヴィオッティの叫びではなかったか。筆者にはガザ地区で親も家も奪われた子供たちの叫びのように聴こえて、涙を強いられた。演奏を具象的に捉えすぎるのもどうかとは思う。ただ、ヴィオッティの「叙述」には、強烈なイメージを呼び込むだけの力があった。
(香原斗志)

この曲をいま取り上げるべきだと考えたヴィオッティの叫びが聞こえるような演奏だった ⒸT.Tairadate/TSO
この曲をいま取り上げるべきだと考えたヴィオッティの叫びが聞こえるような演奏だった ⒸT.Tairadate/TSO

公演データ

東京交響楽団 第745回定期演奏会

9月19日(土) 18:00サントリーホール 大ホール

指揮:ロレンツォ・ヴィオッティ
テノール(ヨハネ):マキシミリアン・シュミット
バス(神の声):フランツ=ヨーゼフ・ゼーリヒ
ソプラノ:クリスティーナ・ランツハマー
メゾソプラノ:カトリオーナ・モリソン
テノール:パトリック・グラール
バスバリトン:クレシミル・ストラジャナッツ
オルガン:大木 麻理
合唱:東響コーラス
合唱指揮:冨平 恭平
管弦楽:東京交響楽団
コンサートマスター:小川ニキティングレブ

プログラム
フランツ・シュミット:オラトリオ「7つの封印の書」
(ドイツ語上演/日本語字幕付き)

他日公演
9月21日(月・祝)14:00ミューザ川崎シンフォニーホール

Picture of 香原斗志
香原斗志

かはら・とし

音楽評論家、オペラ評論家。オペラなど声楽作品を中心に、クラシック音楽全般について執筆。歌唱の正確な分析に定評がある。著書に「イタリア・オペラを疑え!」「魅惑のオペラ歌手50:歌声のカタログ」(共にアルテスパブリッシング)など。「モーストリークラシック」誌に「知れば知るほどオペラの世界」を連載中。歴史評論家の顔も持ち、新刊に「教養としての日本の城」(平凡社新書)がある。

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