凛とした明快さ、豊富な語彙をもつピアニスト
2025年ショパン国際ピアノコンクール第4位入賞で一気に知名度を上げた桑原志織のピアノ・リサイタル。前半は、モーツァルトのロンドニ長調K485、バッハ=ブゾーニのシャコンヌ、シューベルトの「さすらい人幻想曲」、後半は、ショパンのノクターン第3番、バラード第3番、同じく第4番に「幻想ポロネーズ」というプログラムだ。
ショパン・コンクール以前から数多くの賞を受賞し、さらにはベルリン芸術大学で学んだというだけあって、前半の独墺物も堂に入ったもの。モーツァルトが明るくまろやかに弾かれたと思えば、シャコンヌは引き締まった造形で全てが明確に奏される。特に後者は、ヴァイオリン曲の編曲ではなく、1つの立派なピアノ作品として表出され、同楽器ならではの音色や動きの変幻が耳を楽しませる。「さすらい人~」も明解で、闊達な第1楽章、深く沈殿するかのような第2楽章、情景変化が見事な第3、4楽章と続いていく。ここまでを聴く限り、力強く深い音で前進するスタイルは独墺物にピッタリ。ブラームスやベートーヴェンなども合っていそうだ。
この方向性でショパン、特にOp.9のノクターンはどうか?と思われたが、さすが同コンクール入賞者、艶やかでしなやかなピアノが耳を慰撫する。バラード2曲も力技に走らずして細部まで雄弁で表情豊か。「幻想ポロネーズ」は丁寧に鮮明に表現され、あまり目立たないポロネーズ固有のリズムもほど良く打ち出される。アンコールの「舟歌」も表情や音色の変化が見事だ。
桑原は基本的にダイナミックな直進型だが、凛とした明解さが実に魅力的。そして何より語彙が豊富で、音色や音質、音量、表現の幅が極めて広い。それは俊英世代のピアニストには稀なほどと言っていい。
別のレパートリーを含めて「彼女の演奏をもっと聴いてみたい」との思いに強く駆られた一夜だった。
(柴田克彦)
公演データ
桑原志織 ピアノ・リサイタル
9月9日(水) 19:00東京オペラシティ コンサートホール
プログラム
モーツァルト:ロンド ニ長調 K.485
バッハ=ブゾーニ:シャコンヌ ニ短調 BWV1004
シューベルト:幻想曲 ハ長調「さすらい人幻想曲」D760 Op.15
ショパン
:ノクターン第3番 ロ長調 Op.9-3
:バラード第3番 変イ長調 Op.47
:バラード第4番 ヘ短調 Op.52
:ポロネーズ第7番 変イ長調 Op.61「幻想ポロネーズ」
アンコール
ショパン:舟歌 嬰ヘ長調 Op.60
しばた・かつひこ
音楽マネジメント勤務を経て、フリーの音楽ライター、評論家、編集者となる。「ぶらあぼ」「ぴあクラシック」「音楽の友」「モーストリー・クラシック」等の雑誌、「毎日新聞クラシックナビ」等のWeb媒体、公演プログラム、CDブックレットへの寄稿、プログラムや冊子の編集、講演や講座など、クラシック音楽をフィールドに幅広く活動。アーティストへのインタビューも多数行っている。著書に「山本直純と小澤征爾」(朝日新書)。










